-分かっていますか?何が問題なのか- ㊼高齢橋梁の性能と健全度推移について(その4) ‐将来に残すべき著名橋になすべきことは‐
これでよいのか専門技術者
(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員
髙木 千太郎 氏
1.健全度は周辺環境の違いで変わるのか?
先月は、道路橋の耐久性低下要因のひとつと言われている活荷重、特に大型車の累積交通量が健全度にどの程度影響するのかについて、分析した結果をもとに説明した。確かに、平時の道路橋では、構造体や部材の変形が大きくなるのは大型車の通行である。セミトレーラーやフルトレーラーの多い幹線道路や、骨材を満載したダンプが連行して走る山間部の道路橋の桁下にいると、主構造がたわみ、伸縮装置周辺で大きな衝撃音を聞くことがある。桁下の私が、初めて自らの方向に主桁が下がるのを体感した時には、設計で許容されているたわみ量以下であると言われても、疑ってかかった。確かに、設計資料を見て弾性範囲内であると分かっていても、どこかに塑性変形が起こるような気がしてならなかった。
心配顔の私を見て先輩に、「髙木君、鋼橋は、たわむように設計されているんだ。鉄道橋はもっと凄いぞ! 俺でさえびっくりしたくらいだ。まあ、それはそれとして、変なたわみ方をする橋も問題なのだがな!」と言われても、桁が沈み込む動きは、気持ち良いものではなかった。それから数十年経て、私でも桁の動きや床版の動き、支承の動きなどを総合して橋梁を診られるようになったが、果たして私は橋の臨床医になれたのであろうか?
ここで私自身、確認の意味で、活荷重が原因となる道路橋に発生する変状とはどのようなものかについて考えてみた。
活荷重を原因とする変状は、設計活荷重を大きく超えるような力が作用した場合に発生する損傷と、活荷重が繰り返し作用することで発生する亀裂やひび割れが進展する劣化に分けられる。
想定していた以上の活荷重とは過荷重と呼ばれ、過荷重による変状は鋼構造であれば座屈や破断であり、コンクリート構造であればせん断破壊現象である。ここでいう過荷重とは、地震による地震動、火山噴火による泥流、溶岩流および土石流、台風(ゲリラ豪雨など含む)による風力、動水圧および波浪、船舶や車両の衝突などである。過荷重による変状は、技術者として比較的イメージしやすく、短期間に多くの道路橋など構造物が被災し、復旧に多額の費用と時間を要する。参考に、火山噴火によって発生した泥流によって被災した道路橋を写真-1に、台風によって発生した強い波浪によって被災した海岸護岸を写真-2に示したので参照されるとよい。
写真-1 火山噴火によって発生した泥流で被災した道路橋
写真-2 台風の強烈な波浪によって被災した海岸護岸
2枚の写真を見れば明らかなように、一般の人々や報道にも比較的理解されやすい変状といえる。自然災害等で発生した過荷重による変状は、前回の作用荷重(活荷重)分析には含まれておらず、経年によって変化する健全度を対象とした分析結果であることを断わっておく。
次に、活荷重が繰り返して作用すると発生する変状について説明しよう。この変状を疲労と呼び、部材がある程度以上の変形を繰り返すと発生する。道路橋に発生する疲労現象の多くは、大型車通行量の累積であるのが一般的だ。
鋼のような金属で疲労を考えると、塑性ひずみの割合が大きく、破壊までの繰り返しサイクルが数十から数万と少ない疲労を低サイクル疲労、塑性ひずみが入らない範囲で繰り返し数が数万から数千万サイクルの範囲となる疲労を高サイクル疲労と分けて呼んでいる。
コンクリートも同様に疲労が存在するが、特にコンクリート床版が代表的である。コンクリート床版は、支間長(主桁および主構造間隔)が長く、床版厚が薄いことから曲げ作用の繰り返しによる疲労が考えられ、大型車交通量の増加が床版の疲労を加速させる。
疲労は経年によって発生、進展することから健全度に影響する因子ではあるが、鋼材の疲労よりもコンクリート床版の疲労のほうが進展過程を目視で捉えやすい。前回説明した大型車交通量による健全度の変化を分析した結果も、鋼部材の疲労は皆無ではないが対象数としては少なく、コンクリート床版の疲労によるひび割れのほうが多い。
その理由は、目視外観調査による定期点検の場合、塗膜の下に内在する鋼材の亀裂よりも、コンクリート床版のひび割れは、遊離石灰や錆汁などが伴うことから目につきやすいのも一因である。また、写真-3のようにコンクリート床版は、抜け落ちると即大事故に繋がることから、管理者としても関心度が高く、定期点検時も注視して観察していることもある。
ここまで説明してくると読者の方々もお分かりのように、ふたつの活荷重によって発生する変状を比較すると、圧倒的に過荷重による変状のほうが社会の注目度が高い。私の独断と偏見でその理由を掘り下げてみよう。
繰り返し荷重による疲労は、センセーショナルな亀裂もあるが、多くは鋼材の溶接部等に発生した微細な亀裂であることから、一般の人には分かりにくく、マニアック的である。一方、過荷重による変状は、社会に与える影響も大きく、対策案として議論される防災・減災、リスクマネジメントなど華々しく、住民や報道の関心度も高く、取り纏めた成果に対する評価も高い。
例えが悪いかもしれないが、ボクシングで考えてみよう。過荷重は、相手を一撃で倒す必殺パンチ、繰り返し荷重は、相手にじわじわ効き、スタミナを奪うボディブローパンチなのである。必殺パンチは、一撃で相手がマットに沈むので素人でも分かる。しかし、ボディブローパンチは、数ラウンド経なければ相手が倒れないので、玄人でなければ分からない。どちらが一般観客受けするか考えてもらえば分かりやすい。
疲労亀裂は、目視で発見しても変状発生の原因、規模を明らかにするには別途調査等が必要となる。要は、専門技術者でなければ変状の判断に誤る可能性が高い。しかし、過荷重は、変状の原因が特定しやすく、規模も測りやすい。一般の技術者でもある程度変状の判断ができる、ということだ。
私が自論で述べたレベル差がもとで、ふたつの変状に対する行政技術者の取り組み姿勢や処理判断に違いがでてくる。この違いを最もよく表す事例として、社会基盤施設のモニタリングがあげられる。以前、私が説明したアメリカ合衆国の道路橋モニタリングへの行政の関心度や投資額について、思い出してほしい。図-1にイメージ図を示した。
メンテナンスに活かす長期計測(繰り返し荷重による疲労やひび割れ、腐食、変形、ボルトの緩みなど)が右側の流れ、ポストイベント(自然災害など)過荷重による変状の計測、定量的判断の流れが左側である。社会の関心度は圧倒的に左側のポストイベントのほうが高く、アメリカ政府や民間の投資額も多い。逆に右側の流れ、長期計測のほうは時間もかかり、未だ成果がほとんどないことから関心度も右肩下がりで、投資額も足踏み状態である。
昨今、国内で長期計測のモニタリングに取り組む技術者は多いが、果たして成果は期待通り示せるか、これからが勝負だ。『継続こそ力なり』なのだが、国民性を考えるとどうであろう? 私には、日本人はどうも短期決戦は得意だが、長期決戦となると途中で腰砕けとなっているような気がしてならない。メンテナンスは実に難しい。
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関空連絡橋事故と自らの経験から考えること