-分かっていますか?何が問題なのか- ㊶コンクリート橋の健全度分析と耐久性向上(その3) ‐本当にコンクリート橋は壊れにくいのか‐
これでよいのか専門技術者
(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員
髙木 千太郎 氏
2.鉄筋コンクリート道路橋の変状要因分析
今回対象とした定期点検結果を構造別と変状要因に区分けした結果が表-2である。表-2を見て明らかなように、鉄筋コンクリート道路橋の場合、結構初期欠陥による変状が多い。また、分析結果を使って健全度レベルと構造種別を分類した結果が表-3である。やや注意のCランク、注意のDランクの数が多いのは、床版橋であった。ここで定期点検結果を分析した結果を基に、代表的な橋梁を抽出し、同一管理者の既設道路橋にどの程度変状が発生し、実態はどうなっているのかを調べてみることとした。調査の考え方は、前回、前々回で説明した定期点検データの中で、Cランク(やや注意)以下の健全度であった140径間(総数445橋の31.5%)を対象とした。現地を再度詳細調査し、分析した結果を取り纏めたのが、図-1である。
前述したように、確かに初期欠陥の鉄筋被り不足や脆弱部内材が多いのが目につく。しかし、他の要因である、支承機能不全や床版防水不全、止水・排水不全も多い。説明が中途半端で申し訳ないが、これ以降の分析結果、構造別の要因分析は、次回その4へ回すとしよう。その理由は、この後、またまた起こってしまった道路橋の崩落事故解説が控えているからなのだが。
それでは、今回最初に約束した、皆さん期待のイタリアで起こった道路橋崩落事故について、種々な情報を基に私の考えを主として解説しよう。
3.イタリア・ジェノヴァA10道路橋の崩落事故について
2018年8月14日現地時間の午前11時30分頃、イタリアの北西部の都市ジェノヴァA10に架かるモランディ橋(図‐2及び図‐3参照)の一部赤く着色したエリアが、西側の主塔を中心として202.5メートル(約664.37フィート、なお報道では210mとの情報もある)に渡って崩落した。
崩落した箇所は、モランディ橋(Ponte Morandi)の斜張橋区間、西端部の径間(写真‐7参照、赤の引き出し線エリア)であり、桁下にはポルチェヴェーラ川(イタリア語版)が流れ、トリノ=ジェノヴァ線、ミラノ=ジェノヴァ線上、重電会社アンサルド・エネルジーアの倉庫(サンピエールダレーナ工業地域の一部)がある。今回の崩落事故時よって、35台~30台の自動車と3台のトラックが崩落に巻き込まれ、落下した。その結果、38人の貴重な命が奪われ、約15人が負傷し、未だ行方不明者もいるとの悲惨で、驚きの結末となった。今回崩落したモランディ橋は、世界的にも著名なリッカルド・モランディ(Riccardo Morandi1989年没)氏が設計したことで有名であり、道路橋の名称も設計者の名前が使われている。モランディ橋の構造形式は、本橋部が斜張橋3径間とアプローチ部がⅤ脚ラーメン橋6径間+2径間の表記上は、プレストレストコンクリート道路橋となっている。総延長は、1,182mであるが、斜張橋部は、今回崩落した径間が202.50mと隣接する207.92m、補強工事を行った142.65m(写真-9参照)の構成である。
アプローチ部のラーメン構造は、73.20mが6径間となっている。主径間の床版厚は4.00mで幅員が18.00mである。斜張橋部の主塔、パイロンの高さは、地表面から100.20m、パイロンからコンクリートで巻かれたケーブルに吊られている床版の下面までが45.40mである。当該橋は、1963年から1967年の間、イタリア水道協会によって建設され、1967年9月4日供用開始し、その後2002年設立した道路管理会社オートストレード(Autostrade:管理総延長2,964.7km)によって管理されている。
建設中の斜張橋部の状況を写真-8に示した。モランディ橋は、供用後51年となるが、これまでにサスペンションケーブルの交換や、写真-9で明らかなように在来のコンクリートで被覆されたサスペンションケーブル部分に両側から挟み込むように新しいPCケーブルを付加するなど、メンテナンス作業を行っている。崩落事故が起こる直前には、約2000万ユーロのメンテナンスプログラムを開始しようとしていたとの情報もあるが、どのようなプログラムなのかは不明である。
今回のモランディ橋の崩落エリアが、全体のどの部分にあたるのかを図-4に示したので参考にするとよい。今回の崩落の原因は、推定の域を脱しないが、公開されている資料を基に私が推測すると、地中海から吹き付ける飛来塩分及び疲労でステイケーブルのコンクリートにひび割れが発生、そこから徐々に中のPC鋼材が腐食してついに破断に至り、バランスを失って、パイロンと橋脚が引きずられて崩落となった、というのが崩壊のメカニズムとして考えられる。過去に、3回にも渡って種々な修繕工事が行なわれていたとはいえ、大きな事故もなく50年間供用されていた道路橋がが、なぜこのタイミングで崩落したのか不思議である。崩落当時は、豪雨で落雷もあったとの報道があるが、それがトリガーとなって、過去に縦断調整したエリアが振動し、変状が進展していたケーブルの破断となったとも考えられる(写真-10及び写真-11参照)。
今回の崩落事故は、全世界に報道され、注目度も高いことから、崩落した原因はイタリア政府主導の基に詳細に分析、調査され、公開報告されることは確実であると考える。モランディ橋の崩落事故について、真の原因は、今後の公開されるイタリア政府の情報を確認するまで不明であるし、私の推測も不確実な部分が多々あることを付して終わりとする。
しかし、今回の崩落事項報道を受けて、国内、いや海外の技術者が誤った考え方や行動を起こさないことをエンジニアの一人として願いたい。その理由は、今回の崩落事故を巡って種々な報道がされている。その資料を読むと、モランディ橋が供用開始した数年後には、構造的な問題と初期の劣化現象が顕著となり、1970年代以降早期に修繕が必要との判断となっていたとの内容である。注目すべきは、当初設計時のコンクリート強度やクリープ現象を誤って評価したことで、橋梁の挙動は想定した動きとは異なった変形となったとの資料もある。そのために、前述したが1980年代には、設計許容値の範囲内に挙動(縦断方向)を抑えるためのレベル修正工事をたびたび行っていたとのことである。このようなこともあって、モランディ橋の崩落事故が発生した以降、設計者である、今は亡きリッカルド・モランディ(Riccardo Morandi)氏に対する非難が多く寄せられているようである。
私は、リッカルド・モランディ氏を直接しているわけでもなく、関係者でもないが、彼の偉大な種々な作品や考え方を否定する考えには大きな怒りを覚える。彼は、生前モランディ橋の特徴的なについて、説明している動画(写真-12参照)がある。それを見ると、『パイロンとそこから張られた一対のステイケーブル、ステイケーブルに吊られたデッキ部分、主塔の両側のデッキと主塔とは完全に独立した橋脚に支えられ、梁が一体化している左右のデッキの4つのブロックに分けて考えた。また、パイロンの形とデッキの関係を分離した構造との考え方・・・』、モランディ氏の本橋設計の熱意は凄く、ボードに向かって自らが構造を解説する姿を撮らせた事実は、優れた技術者として私は感動する。さらに、モランディ氏が独自の考えで設計していた1960年代頃は、コンクリートに対しての絶大な信頼があり、コンクリート構造を建設に使い始めて半世紀が経った頃である。
このような時代に、モランディ氏は、コンクリート構造、特にプレストレストコンクリートの合理性を探求し続けた、稀有の技術者と言える。このようなこともあってモランディ氏自身は、自らの経験と知識に裏付けされた、高度な技術力と優れた造形力には絶対の自信があった、と考えるのが一般的だ。モランディ氏が種々な構造物を計画・設計していた時代は、当該橋の設計上に関して何の問題もなかったと判断できる。今多くの技術者が口にする、車両や風雨等による繰り返し荷重を原因とする疲労損傷や、塩害、アルカリシリカ反応などの化学的なコンクリート劣化については、知られてもいないし、研究も進んでいなかった時代であったことを忘れてはならない。優れた技術者と言えるモランディ氏は、当然コンクリート構造の変状にも着目していて、後の1989年には「モランディ橋の被覆された鉄筋の腐食に関して、数年以内に何らかの措置が必要となるだろう」とも公言していたとの資料もある。確かに今回の崩落事故は、構造的に大きな問題を抱え、変状が著しくなると、それを起点に全崩壊の可能性があったことは否定できない。
しかし、先駆者の技術とは、私の拙い経験、前述のA氏の考え方にも通じ、現在の点検・診断技術、モニタリング技術、最新の材料、解析技術を駆使して、性能が低下した構造物を適切に保全するのが現在、そして将来に通じる優れた技術者、エンジニアの義務ではないだろうか。国内外の技術者や報道は、過去の優れた技術者の功績を非難することは容易であるが、その残した功績の基に現代技術成り立ち、将来のより優れた技術に繋がることを、決して忘れてはならない。適切なメンテナンスを怠ると、大きなしっぺ返しを食らうことを肝に銘じ、再び悲惨な事故が起こらないことを願いうばかりである。
(2018年9月1日掲載、次回は10月1日に掲載予定です)
これでよいのか専門技術者シリーズ(第1回~第15回リンク集)
①これでよいのか専門技術者
②「道路橋の変状と架け替え」について大きな疑問
③「道路メンテナンス会議」は本当に機能し始めたのか
④独創のコツ、なぜ研修制度は機能しないのか
⑤橋と景観
⑥溶接構造の品質保証について
⑦PC桁の欠け落ち損傷
⑧点検はこれからが勝負
⑨「私見 勝鬨橋再跳開の可能性とその効果」
⑩「橋梁形式選定についての私見と担当技術者への願い」
⑪「想像力と博打根性」
⑫「モニタリングの現状と課題―持続力と議論が必要―」
⑬「有事に機能する真の技術者集団とは―現場で得る知識は100の技術書を読むより有益―」
⑭ 「災害復旧と仮橋の位置」
⑮ 「アセットマネジメント、予防保全型管理について」