1.崩落した2つの橋梁のその後
私が技術者として常日頃から嫌っているヒューマンエラー、想定内の事象といえる橋梁崩落事故が、2度も連続して起こってしまった。私が2つの事故に落胆し、嘆いても何ら課題解決には繋がらないので、本稿を読まれている方々に、再び同様な事故が起ることが無いように、注意を喚起することが第一と考えた。そこで、当連載の前回、前々回の導入部分に使わせていただき、私なりの反省点やコメントを述べた。
今回は、事故概要を解説した2つの橋梁崩落事故について、公開されている資料を基に事故原因を含めその後について説明するとしよう。今でも強く感じているのは、世の中の仕組みがどのように変わろうとも、やはり人の判断力が必要不可欠であるということだ。現代社会は、ICT、AI(artificial intelligence)や機械化が進み、社会インフラにおいてもそれらを導入することで、ヒューマンエラーは劇的に減少すると言われている。しかし私自身、なぜ技術者の技術力や倫理観を疑うような人の命を奪う悲惨な事故がたびたび起こるのかという、近代化社会に対する不信感が膨れ上がるばかりなのだ。私は、自分が技術者としての能力が優れているとは思ったことはないが、人の命を奪うような誤った判断をしたことはないと、自負している。これは自分に対する甘え、驕りかもしれない。私に関係してきた人々の評価は真逆評価で、「我々が、髙木さんの犯したミスを裏でカバーしてきたからこそ今の貴方があり、そんな優れた人ではないでしょう」と陰で言われているかもしれない。私に対する真の技術者、行政技術者としての評価は、他の人に本ネット内で別の機会に述べてもらうとして、話を本題に戻すとしよう。
前々回は、米国・フロリダで発生した、起こしてはならない建設中の歩道橋崩落事故であり、6人の貴重な命が失われることになった。5月末に、種々な情報提供をお願いした米国の友人から、フロリダの歩道橋崩落事故に関して、米国政府から公的な調査レポートが出されたと連絡があった。彼の指定したサイトを調べると、事故発生から約2カ月経た2018年5月23日に、「PRELIMINARY REPORT Collapse of Pedestrian Bridge Under Construction Miami, Florida (HWY18MH009)」が、NTSB(National Transportation Safety Board:国家運輸安全委員会)から公開されたことを指していた。米国においても、事故を起こした歩道橋の建設に関わった関係者を含め事故原因に関して、種々な情報が飛び交ってはいるが、事故原因を特定した最終の公的調査報告はまだのようだ。
公開されているNTSBの資料を見ると、ミネアポリスのI-35W#9340橋梁崩落事故原因調査と同様に、今回の事故にも『Turner Fairbank Highway Research Center』が調査メンバーとして加わっていることが末尾に記されている。私はメンバー表を見て、忘れかけていた記憶が急速に蘇った。それは、米国・ミネアポリスで起こったI-35W#9340橋梁(鋼トラス橋)崩落事故である。事故発生直後に現地調査に行き、迷惑顔の米国技術者の数多くにヒヤリングしたことを思い出した。ミネソタDOTとの会議では、『Turner Fairbank Highway Research Center』の著名な専門技術者が調査メンバーに加わっていることを聞き出し、急遽予定を変更して『Turner Fairbank Highway Research Center』の知人を訪ねたのが昨日のようだ。
私は、今回公表された中間報告書を見て興味深い個所が何か所かあった。その一つが、事故発生直後から言われていたトラス構造格点付近の変状発生と、その後の措置である。事故調査委員会は、架設現場の横で製作された中央径間部の上部構造を建設位置に移動架設した後、トラス部材に再緊張作業を行ったことに着目しているようだ。米国のネットで公開されている資料をベースに、図‐1を使って説明しよう。
事故を起こしたPCトラス構造は、図で示すように圧縮部材(Compression)と引張部材(Tension)で構成されていたが、供用時と架設時で、部材に作用する力が異なった考え方になっていたらしい。歩道橋崩落事故発生は、主塔に近い斜材、引張部材の黄色破線で丸をした箇所がキーポイントと私は考えている。他の資料を見ると、以下の現象が解説されていた。崩落したPCトラス桁は、桁製作したヤードから事故が起こった箇所に補剛桁を移動させ、移動台車から現地の下部工に支点を盛りかえた後に、先に示した当該斜材の格点付近にひび割れが発生したとコメントされている。現場では、ひび割れ発生を確認した後、ひび割れについてなぜ発生したのか、今後どのように措置するかなどを関係技術者が議論し、その結果当該部材にプレストレスを導入したようである。最終報告書を読まなければ断定はできないが、私はその行為が破壊現象のスタートとなったと考えている。プレストレスを導入する行為は、事前に決められていたのか、変状を発見した後に決定したのかは不明であるが、今回の事故に関連していることは明らかである。事故調査委員会の調査は、設計、施工、材料について種々な面から調査・分析を行った後に最終結論をだす、何時もの米国スタイルで行われる。
NTSBから公開された資料を確認すると、図‐2及び写真‐1、2、3が示されている。
ひび割れ写真は、崩落のスタートとなったと考えられる北側トラス端部の格点部付近に発生した状況に関して3カットを掲載している。現地報道では、崩落事故直後に緊張していた鋼材に問題があったとか、架設時と供用時の条件の違いが問題であるとか、今回採用した急速施工システム上の問題であるなど種々な情報が飛び交っているが、先に示したI-35W#9340橋梁崩落事故と同様に、事故調査委員会の事故原因報告書の公表は1年後かもしれない。私の米国の友人は、私に以下のように述べている。今回の崩落事故は、以前から言われていたトラス橋不要論の追い風となった。米国の橋梁技術者間では、トラス橋はリダンダンシーに欠ける代表的な構造であり、採用不適構造とのレッテルを貼ったようである。彼のコメントを聞いて私は、国内と米国とのトラス桁に関する評価は雲泥の差となったと強く感じ、米国内でトラス桁採用は当面無いと思った。トラス桁の話を聞いている時に、日本との考え方の違う他の事例を思い出した。国内で一時期数多く採用した省主桁、特に2主桁構造についてである。私が同構造について評価を求めたところ、彼らの判断は、「2主桁構造もトラス桁と同様で、リダンダンシー性能があるとは考えていない。一般橋梁に採用しようとは思わない」であった。この意見に私も同感である。読者の方々が、米国技術者の判断をどう評価されているのか是非私は聞きたいと思っている。
次に前回に話題提供した、ミャンマー連邦共和国の吊り橋・ミャウンミャ橋崩落事故について話をしよう。私が、6月1日にミャウンミャ橋崩落事故について説明してから2週間後の6月15日(金曜日)、東京大学生産技術研究所から当該事故に関して記者会見及びプレスリリースがなされた。ホームページで公表されている内容は、「2018年4月1日にミャンマー連邦共和国で、吊橋であるミャウンミャ橋(Myaungmya橋)が落ち、2名が死亡した。原因は、吊橋のメインケーブルが十分に維持管理されておらず、橋を地面に固定する地中のコンクリートアンカー部で激しく腐食し、破断したためであると考えられる。吊橋のメインケーブルが維持管理不足のために腐食で破断し、橋梁全体が崩落した事例は、ワイヤを用いた近代的な吊橋建設以降の130年では例がない。」と公表資料に書かれていた。 良かった、私が想像し、前回解説した事故原因に大きな誤りはなかったと胸をなで下ろした。
公表された資料をさらに見ると、「ケーブル全体の腐食は少なく、コンクリートアンカー部付近のみに激しい腐食が確認された。この個所は道路面より下にあるため目視による確認が難しい上、ケーブルにカバーされているために外部から腐食状況が確認できなかった。そのため、劣化したケーブルカバーの隙間などから侵入した水が末端にあるアンカー部に溜まり、長年にわたりケーブルの腐食が進行していたことが気づかれず、今回のケーブル破断と落橋に至ったと考えられる。」と主ケーブルの破断状況と原因、それに至った経緯を説明している。
私の個人的な考えで述べさせてもらうと、今回の発表で、事実関係を淡々と述べるのは良いが、技術者、研究者としてのその先のコメントがほしかった。私は、現地に行ったわけではないので誤っているかもしれないが次のように考える。現地の点検・診断を行った技術者が、前回掲載した主ケーブルが路面を貫通している状況(写真‐4を参照、このカット写真は、前回とは異なった鳥瞰的な位置から主ケーブルが路面を貫通している状況である)を確認し、多少の鋼材腐食の知識があれば、主ケーブル腐食破断を危惧するのが一般的である。当該箇所は、穴の開いた鋼製グレーチング構造の主径間部とは異なって、コンクリート床版構造であることから、一般的に路面排水や塵埃等が溜まりやすいと断言できる。写真‐5は、吊り橋崩落直後、南側主塔付近の破断した主ケーブルが散乱している状況である。この写真は、前回ミャウンミャ橋の事故について解説した時点ですでに私が所持はしていたが、影響が大きいと考え公開を避けた。今回公開しようと思った理由は、普通では主ケーブルが破断するとどのような状況となるのか目にすることが困難であると思い、読者の理解を深めるために敢えて掲載した。
写真-6も同様である。前回私がアンカーレイジ付近での主ケーブル破断に至るコメントは、この状況写真から判断したものである。事故直後に撮られたアンカーレイジ付近の分かる写真‐6と、アンカーレイジ付近で行われている調査状況が分かるその後入手した写真‐7の二つを対比して見てもらいたい。確かに、主ケーブル定着部は容易に点検できる状況ではないが、点検足場や点検車両を使えば、近接目視点検及び非破壊検査が行える環境である。もしも、ミャウンミャ橋のアンカーレイジ主ケーブル定着部周辺が点検不能と判断するのであれば、国内外の道路橋、鉄道橋には、点検不能箇所が星の数ほどあることになる。要するに、ミャウンミャ橋の点検を行っていたとは名ばかりで、どこかの国? も同様かもしれないが、私が何時も口にする、点検とは『眺めている』だけだったのかもしれない。
これは漏れ聞こえる情報で事実を確かめたわけではないが、崩落前に行った補修工事において、ケーブルの再塗装を行ったようだ。公開されている点検・診断結果、2箇年に渡って行われた補修工事、主ケーブルの再塗装などの情報から総合的に判断すると、当該吊り橋崩落事故もヒューマンエラーが主原因である。吊り橋だけでなく、吊構造系の橋梁に言われることは、「ケーブルの防錆は、十分に気を付けなければならい。ないがしろにすると大事故に繋がる」であり、これは、ケーブル定着部腐食が世界各地の吊構造系橋梁の重大変状として捉られているからである。再度私は強く要望したい。技術者が、国、業界、発注者等の縦割りで、重大事故に繋がるような変状を確認していながら、見て見ぬふりをしているのではないかと。技術者の使命は、人間の欲求、『マズローの欲求5段階説』における底辺から2番目に位置する『安全・安心』を確保することでしょうと。まさかとは思うが、どこかの国は新たな橋梁等道路工事を受注するために、競争相手の大きな過ちを見過ごし、受注戦争を勝ち抜くために作為的な行為を組織として行ったのではないのか? これ以上、ミャンマーで起こった想定内の不幸な事故に関して発言すると、私の連載も横やりが入り、中止となる可能性もあるのでここらで止めておこう。
さて、ここから今回の本題に移るとする。今回から何回かに分けて、『コンクリート道路橋の現状分析と耐久性向上』の題目で、私が得意ではない材料、コンクリートを対象に私が読者の方々の日常業務に参考になり、役立つと考えた話をすることとした。今回の連載のきっかけは、私の連載を読まれている著名な方が、「髙木さん、鋼橋の話しは結構するけど、コンクリート橋に関する話は少ないね。鋼橋ばかりだと飽きるね」と口にされた。さらに、鋼橋、コンクリート橋と順番に耐久性向上の話しをすると言いながら、なかなか話を進めない私に、『流れからそうは言ってはみたものの、実はコンクリートに関して知見が無いから書けないのだ!』との話も出始めた。
そこで私はこれまで38回分の連載を確認し、3月に出版した書籍を読み直した。確かに多くの人が言うように、鋼橋については数多く細かく解説してはいるが、少ない!コンクリート構造についての執筆は。第一に、鉄筋コンクリート道路橋について書こうと思った理由を述べよう。鋼橋しか分からないと言われている、私自身を擁護するために書くのではない。私が関係する学会や協会の資料を見ると、鋼材、プレストレスコンクリートに関する論文は多数あるが、鉄筋コンクリートに関する論文は数少ない。しかし、公表されている統計資料を見ると、管理橋の多くが鉄筋コンクリート橋である。それも結構供用年数が多い道路橋が多い。にもかかわらず、鉄筋コンクリート構造物、上部工、下部工とも調査分析した資料は少ない。鉄筋コンクリート構造物自体が、設計・施工が容易で、耐久性が高く維持管理費用も安価であることが、関連資料が少ない最大の理由かもしれない。しかし、実態を調査し、分析してみなくては本当の姿は分からない。そこで、今回読者の方々に鉄筋コンクリート橋の現状を知っていただくために、調査した結果を基に分析した結果と耐久性向上策について説明することとした。