JR福知山線事故と耐震強度偽装事件
意識フェーズが重要
はじめに~一回り前の酉年を振り返る~
2017年(平成29年)1月1日、今年は酉年である。十二支及び干支における酉年の特徴は、第一に商売繁盛、第二に物事が頂点に極まった状態(大きな成果を得る状態)となると言われている年回りとのことである。さて、本当に良い歳であったと期待して、一回り前の2005年を思い出してみると、干支から言える先に示した酉年の特徴とは異なってあまり良い事が起こらなかったと感じているが、これがまた今年も再現状態とならないことを祈るばかりである。
ここで、一回り前の2005年を振り返ってみる。2005年(平成17年)の出来事を調べてみると、4月には、未だ忘れることの出来ない鉄道事故、「JR福知山線脱線事故」が発生した。この事故は、兵庫県尼崎市のJR西日本・福知山線において快速電車がスピードの出し過ぎによって脱線し、線路際に建っていた民間マンションに衝突、死者107人、負傷者555人の大惨事となった。11月には、一級建築士の資質を疑うような「耐震強度偽装事件」が起こった。これは、千葉県市川市の姉歯建築設計事務所で設計されたマンションやホテルの構造計算書が偽装され、震度5クラスの地震で倒壊の危険がある建物が建てられていることが発覚した事件である。
先の鉄道事故は、現在であればパワーハラスメントとして訴えられるような、JR西日本の行き過ぎとも言える運転手等の勤怠管理が事故発生の主原因と言われている。また、耐震強度偽装事件は、複雑化するビル設計において使われ、十分に機能していると考えられていた設計プログラムを書き換えることによって、使用する鋼材等を減らす偽りの設計書作成事件である。これは、設計プログラムには容易には確認することが困難なブラックボックス部分があることや、偽装が見抜けない建築確認許可申請の実態が明らかとなった事件である。儲け主義に走った惨めな末路であった。
そもそも人が考えたり、行動する際には、意識フェーズが重要であると考えている。表‐1に示すように、人の意識フェーズは、5段階に区分けすることが可能で、フェーズがⅡやⅢの場合は、信頼性が高くなるが、それ以外は、信頼性が低くなり、問題を起しやすい。であるから、JR西日本のような厳しい勤怠管理が行われるとフェーズⅣ状態となり、意識モードが緊張、興奮状態、信頼性は低下するのである。であるから、福知山線の脱線事故は起こるべきして起こったと言えるのである。
私は、機会あって学生に技術者倫理を教えているが、この2つは反省すべき事例として常にあげ、事件の起こった背景、このようなことが二度と起こらないようにするには何をすべきかを毎年のように講義している。私の講義を聞いている三分の一は真剣に聞き、忘れまいとメモを取るが、残りの三分の二は、馬鹿馬鹿しい、それは先生のようなオジサン世代の行った戯言、我々若者には関係ないと無関係を装っているである。技術者倫理と言うと、硬いお話し一辺倒、上から下への教訓や道徳教育のオンパレードと思われる方も多いと思うが、私が学生に講義する内容は、公平・公正の話ばかりではない。ここにあげた不祥事はいずれもその後に再発防止の需要から専門技術者が対策に乗り出し、新たな技術やツールを開発しているのである。そこが肝、実務を経験した私の出番、技術開発の重要性や専門技術者の必要性を学生に向かって説くのである。
ヒューマンエラーを如何に最小限にするか
抑止、低減させるシステムの開発が重要
技術者として重要なことは、図-1に示すヒューマンエラーを如何に最小限とするかである。意識的なユーマンエラーは、人の意識的な過ちであることから如何に技術が進歩し、技術者本人の知見や経験が豊かとなっても防ぐことはできないのである。しかし、無意識のヒューマンエラーはそれを抑止、低減させるシステム等の開発によって十分に抑止が可能と私は考えている。それが、技術力、技術開発である。
具体的には、鉄道事故を最小限にする目的で開発されているATS(Automatic Train Stop)・自動列車停止装置設置が代表的事例である。私は鉄道関係の技術者でもないし、鉄道マニアでもないのでこの考えに誤りがあるかもしれないが、今や運転手のヒューマンエラーを防ぐATSの設置は常識となっている。ATS装置の歴史は古く、1921年(大正10年)東海道本線で磁気誘導型のATS装置設置が始まりと言われている。その後、1962年(昭和37年)三河島事故以降に国鉄全線に自動列車停止ATS、1984年(昭和59年)西明石過速度大破事故以降に現在のATS-P装置の原形、トランスポンダを用いた安全装置が開発され設置されている。このように、鉄道事故が起こるたびにATS技術は進歩し、今はデジタル信号等によるATS-P型(運転手が確認ボタンを押してもその後も安全装置等が機能する)の全線設置や安全装置の技術開発はよりはレベルな安全性を求め日々行われているのが現状である。人の行う、考え、判断、行動全てを正しくコントロールするのは不可能である。そこで、登場するのが技術開発と専門技術者なのである。
しかし、現実は、人間の弱点か、2005年に起こった鉄道事故や設計・施工上の改ざん事件に似たような嫌なことが毎年のように起こり、その都度関係技術者の資質を問われるのはなぜであろう。