道路構造物ジャーナルNET

シリーズ「コンクリート構造物の品質確保物語」⑭

南三陸国道で行われる受発注者の協働思考 「品種改良」と現場力、リーダーシップ

横浜国立大学
大学院 都市イノベーション研究院
准教授 

細田 暁

公開日:2016.12.28

新しいものを作る最高の喜び
 打設順序を作業員を含めてみんなで考える

 ――その南三陸でやられた品種改良を教えていただけますか。
 田中 技術的なチャレンジというと一杯あって、例えば工場製作するプレテンション方式のT桁橋というのは、JIS製品ですし、旧建設省の図集もあって、一般的なものです。但し、例えばエポキシ樹脂塗装鋼材使用時のベンドアップという曲げ上げなど、先人の知恵を更に工夫していくため試行錯誤してみると、今の技術からみた場合、もっと合理的な方法があることに気付いてくるわけです。そうした考えが浮かんでも、今までは手を加えたり、ましてやJIS製品なんで改良しようと思わなかったわけですが、ここでは1年も経たず、新しいものができました。これは最高の喜びでした。
 また、例えばフライアッシュなんて言葉、失礼な話ですが、南三陸に来る前は、名前しか知りませんでした。それが半年後には、PC床版打設用にそのフライアッシュのコンクリートを練っていて、夏だから遅延型のAE減水剤にしようとかそういう話をしている訳です。かなりのレベルアップですよね。もう一回学校に行きたいなと思うくらいの楽しさがありました。フライアッシュだけではなく、今までの劣化の傾向などを発注者から教えていただいて、セパレーターをエポキシ塗装仕様にしたりしました。要するに施工業者の強みとしては、実際に現場で使う材料を知っているから、すべて防錆仕様にしてしまったわけです。また生コンの打設順序も作業員を含めて考えたこともなかったんですけど、今回はみんなで考えました。


コンクリート打設の意見交換会(左)/作業手順ミーティング(右)

 それがすごく面白いわけですよ。打ち込んでいくと、一部の特定エリアだけがどうしても70分空いてしまう。ただ、90分以内であれば仕様上はOKなわけですよ。それでも作業員の一人が、特定の箇所だけ70分も間隔が開くと、その部分だけ弱くなるんじゃないかと意見をして、だったら、全部20分間隔で打設できないかと考えを巡らせるわけです。
 床版といっても、横桁もあるので、縦に桁があって、床版があって、横から見るとTの字になっています。正面から見ると、四角の箱になっていて、当然下から打っていく訳です。打設が進み。上から床板を見ると平たいので、どう打つかですが、打設順序というのは色々ナイーブなんです。規格時間に入れようと思ったら、打ち方は一杯あるんですよ。ただ、その規格時間を平等にした方が良いのか、はたまた、一か所遅くした方が良いのか、という議論をするわけです。その議論なんて今まで現場で起きたことはありません。それを現場に行くまでの移動時間で作業員まで含めて議論していくわけです。

コンクリートもないのにシミュレーション
 ポンプ車2台で打設する方法を考えましょう!

 ――……それはコンクリ―トも無いのにシミュレーションをしているのですか。
 田中 そうです。その結果、ポンプ車を追加しようという結論に至りました。ポンプ車が1台しかないから手間がかかる。しかし、追加で2台入れるには現場にスペースがない、それではポンプ車2台で打設する方法を考えましょう、と。こうしたシミュレーションを始終やっているから手際の良いこと。施工面や品質面もさることながら安全面でもものすごい効果を発揮しています。それでも結論が出ないことはもちろんあり、この時の場合は打継時間を平等にした方が良いのかどうか、という点ですが、そこは学術的に先生方の意見を聞いてやっていく、こういう産官学三位一体の取り組みというのは非常に楽しく、魅力があります。
 ――学校には行かなくて良いと思います。学校行っても多分つまらないですよ。本来は現場が学校になるのが一番良い。それぞれに特有の技術開発のテーマが設定されて、産官が一緒になりながら、学も絡む。本来それは土木の現場の醍醐味だと思います。今まではそれがマニュアル通りにやることに慣れてしまっていました。その意味では本来の土木のあり方を取り戻したように思えます。
 田中 ただしこうした取り組みが全ての現場で出来るかと言えば難しいと思います。職人不足という現実があるからです。現在は職人不足という現実を前提にした技術や製品が開発されています。
 例えば従来の型枠は、現場条件に応じて既存の型枠材を切り貼りしていく必要があり、それは大工や型枠工のノウハウに依存していたわけです。しかしそれが期待できない。そのため今は鳶だとか関係なく、だれでも出来る型枠材が開発されています。変な話ですが、昨日までパチンコ屋の店員をしていた人が建設業にきても、そこそこ仕事が出来るような簡易的なものが世の中に普及しています。

高い「具材」を生かすためには、扱う人の質が大事
 人を育てるにはすごく手間がかかる

 ――型枠だけじゃなくて、構造物の出来上がりも大丈夫なのですか。
 田中 見てくれは大丈夫です。品質を10年持たせろと言われれば、持つでしょう。簡単に言えば、工場で量産をしているようなものです。例えば、型枠の目違いや支保工が沈んでしまうことが起きてもそれに対応した技術は開発されてきます。それらが開発される理由は簡単で、検査の時に見栄えが悪いと点数に響き、ひいては利益に直結するからです。一方で高品質なものを製作するためには本当に人がすごく大事なんですよね。例えば、エポキシ樹脂塗装鉄筋ですが、そのまま大過なく使えば非常に良い塩害に対する耐久性を発揮するわけですが、運搬・施工時に、ガラガラと地面の上で引っ張る職人がいたら、傷ついてしまって意味がない。それは料理の具材と一緒ですね。すごい高い松坂牛を買ってきても、素人が焦がしてしまい意味を成しません。高品質を達成するには「扱う人の質」が非常に大事なんです。でもそれをやる(人材の育成や現場教育)ためにはすごく手間がかかって、手間というのはお金に反映されない(苦笑)。


高い具材が効果を発揮するには扱う人の質を上げなくてはならない

 ――私も専門はコンクリートですが、土木とは全然違う介護分野などと連携したこともあります。総じて感じるのは、良い取り組みは本質が似ているし、取り組みを導いている人たちの言う通りに行くと、良い方向に行くわけです。人も育つし、品質も向上する「匂い」がします。今まで紹介してきた「山口方式」――東北のコンクリート品質における取り組みの母体になっていますが――を初めて見た時にもそう思いました。これは間違いなく本物だ、と。突けば突くほど色んな引き出しがあるし、反論を受けても芯がしっかりしているので、間違いがありません。「工場製品的」な標準化や量産化は求められているかもしれませんが、少し違う気がします。例えば昨日までパチンコ店員していた人と、現場を仕切っている田中さんみたいな人たちは本当のコミュニケーションが出来なくなってくるでしょう? 多分床版施工のようなシミュレーションも無いし、全体のレベルが落ちてくると思います。急場しのぎのためには、(簡易型枠のような技術は)必要かもしれませんが、全体が安易な方向に行くと、全体がガタガタになりかねない感じがします。
 田中 まさに「今」ガタガタになっていると思います。社会の流れが悪いとは言わないんですけど、安くてある程度良い品質を持つものが受け入れられている。食器やスマホに至るまで、壊れるまでは快適に使えるし、壊れた後も使っていたものと同じ品質のものを手軽に低コストで買える――というものですね。
 ――それと同じ論理で、今インフラを作ってしまうと思います。そこに100年持つとか、そういった耐久性、時間軸の概念が一切入ってこなかった。今それをまさに入れようとしています。少しコストアップするかもしれませんけど、構造物の普遍性、架け替えコストの社会的負担までも考慮したコストを考えればコストアップは十分に許容範囲内であると思います。
 田中 そうですね。ただ、今その考え方が企業側にはあるとは言い難いです。私など会社側からすれば特異な人間で、余計なことをしなければ、もっと利益が上がっただろ、と会社は思うわけですよ。これは建設業自体に体力が無いっていうのもありますし、世の中の流れから言えば、「お前だけ良い構造物を造ったって、お前が作った橋の周りが早期に劣化したら、その道路は走れない」、という考えもあります。しかしそんなことを言っていたら当然良いものを作ろうという意志も現場もなくなってしまう。それこそインフラなんか整備する必要はなくなってしまいます。
 逆説的にいえば、そういう事が起きないためにインフラは国が造る必要があるわけです。(国が)儲かる儲からないは関係ない、と。今回、良い取り組みはできたと思いますが、評価体制は変わっていません。先進的な取り組みを実践しても評価手法が変わらないのは厳しい。企業としてはメリットを感じられません。


コンクリート打設の工夫を行う。品種改良の追求

 ――少し時間はかかるかもしれませんが、必ずそういう方向に行くと思うので。この高耐久化とかいうのは、間違いなく必要なことで、実績が出来てくれば、頑張っている人をちゃんと評価する方向に多分いくと思うので。
 田中 そうですね。我々はササニシキを普及した人たちのように、とにかく第一歩として、切り込んでいくことはまずは大事かなと思っています。

ご広告掲載についてはこちら

お問い合わせ
当サイト・弊社に関するお問い合わせ、
また更新メール登録会員のお申し込みも下記フォームよりお願い致します
お問い合わせフォーム