2.2 蓄積データの質と量の充実
データベースに蓄積されたデータの質と量の充実は、システムの信頼性の確保において極めて重要である。
質としては、施工の基本事項を遵守した施工から得られたデータであることと、すなわち「施工由来のひび割れ」などの不適切な施工による不具合が少ないこと、および施工のデータが正確に記録されていることの両方が必要である。どちらかが欠けていても、データベースの信頼を低下させることになる。
施工の基本事項の遵守はかなり浸透しているが、さらに浸透させるには、即効性の対応策ではないが、研修や講習会によって監督職員や施工者の能力を向上することが必要である。
データの正確さは、記入する施工者・受け取る監督職員・データベースに登録する建設技術センター職員が、それぞれの作業を慎重に行って記入ミスを減少することが必要であるが、データベースが活発に利用されることによって、利用者がミスを発見するというチェック機能が働くことも期待できる。
また、ひび割れ抑制設計の検討例は、作成時にデータベースを参照するため、検討例の更新を定期的に行えば、データのチェックが充実する。定期的に更新を行った検討例を示すことは、データベースへの信頼性が高まり、利用の活発化につながるという相乗効果が期待できる。
一方、量については、データベースに蓄積しているデータ数の推移を図4に示している。現在1,270件であるが、2010年度からは公共事業費の縮小によって、構造物の建設件数が減少し、蓄積ペースが下がっている。このうち、ひび割れ抑制対策を検討することが多い橋台のたて壁のデータを例に挙げると、データ数はまだ184件と少なく、活用するうえで十分なデータ量には到底達していない。また、実構造物から得られるデータであるため、その分布に偏りがあり、利用にあたっては、このことにも留意する必要がある。
図5、6、7に打込み月別・たて壁の幅・たて壁の厚さの分布を示している。
図5の打込み月別の分布では、7月から9月の3か月間のデータ数が少なくなっている。抑制対策の一つである「打込み時期による抑制対策」により、6月から9月までの施工を可能な限り避けることにしており、これが実行されているためと推察できる。
図6のたて壁の幅の分布では、10㍍前後に分布が集中している。これは、山口県で整備する道路が、車道2車線、あるいは車道2車線および片側歩道のものが多いため、道路幅員が10m前後に集中するためである。
図7のたて壁の厚さの分布では、1.3~1.4㍍と 1.9~2.0㍍の2か所にピークがあり、一方、1.2㍍以下や2.6㍍以上のデータは少ない。橋台の厚さは桁の長さと厚さにより設定されるため、小規模な橋梁の建設が多い山口県では、このように狭い範囲に分布している。
図4 データ数の推移(左)/図5 月ごとの打込み数の分布(右)
図6 橋台の幅の分布(左)/図7 橋台の厚さの分布(右)
データベースの利用者にとって、参照する際に類似データが豊富であるほど、利用しやすく、信頼性も高くなるが、公共事業費の縮小傾向は続いており、データ量の大幅な増加は見込めない状況である。県内で公共工事を発注する国や市町と連携することで、データ量の大幅な増加が可能になることから、働きかけを今後も継続していくが、質との両立が必要であることから、単なるデータの提供ではなく、システムの活用として連携を図る必要があると考えている。
2.3 ひび割れ幅計測方法の標準化
ひび割れ幅の値は、品質確保システムにおいて重要な役割を持っている。
ひび割れの調査・補修の要否の判定に使用され、ひび割れ抑制対策の成否の指標になり、データベースの活用によるひび割れ抑制設計の主要な値として使用されている。ひび割れ幅の値の妥当性が揺らぐことは、システムの信頼性低下に大きく影響することになる。標準化について、迅速な対応が望ましいが、標準化には十分な根拠が必要であり、着実かつ慎重に進めていかなければならない。
現状では、クラックゲージを用いて計測しているが、いくつかの要素によって差が生じる。まず、クラックゲージの読取り値に個人差がある。また、ひび割れを計測する位置の選定方法を定めていないので、計測者、あるいは計測時によって位置が異なれば、計測結果に差が生じる。さらに、外気温や乾燥によって、ひび割れ幅が変動し、計測値に差が生じることもある。
筆者らは、ひび割れ幅の計測方法の標準化を検討するうえで、ひび割れ幅の計測時期による変動を把握する必要があると考え、2009年冬から2010年冬にかけて山口宇部線の橋台たて壁においてひび割れ幅を光ファイバセンサにより季節ごとに計測する調査を行った8)。
図8の上段は、外気温およびコンクリート内部温度(深さ50㌢)、下段がひび割れ幅の変動を示したものである。ひび割れ幅はNo.2が0.1㍉程度、No.4が0.25㍉ 程度であるが、グラフではひび割れ幅の変動量として示している。
図8の下段では、どちらのひび割れもほぼ同様に変化しており、1日周期の変動に着目すると、ひび割れ幅は、気温が20℃程度増減する9月には0.05㍉程度変動している。したがって、計測する時刻によって、例えば0.10㍉と0.15㍉の計測値に分かれ、補修基準を下回るか達するかの判定が異なる可能性がある。
また、1年間では、0.2㍉程度の変動がある。また、1回目の1月と翌年の2月を比較すると、2月の方が広がっており、これは主に乾燥収縮によるものと推定される。
現在も、ひび割れ幅計測方法の標準化を目指して、徳山工業高等専門学校と山口県の官学共同研究において、引き続き研究を進めている。
図8 実構造物におけるひび割れ幅の変動計測事例
2.4 維持管理段階への展開
2001年の国土交通省の「土木コンクリート構造物の品質確保について(平成13年3月29日付け、国官技第61号)」では、ひび割れ調査について、「工事完成後の維持管理にあたっての基礎資料とするため、重要構造物についてはひび割れ発生状況の調査を請負者に実施させるものとし、調査結果を完成検査時に提出させること。」と記載されているが、山口県ではひび割れのスケッチ図を維持管理に活用できる仕組みを作っていなかった。
また、2001年の通達時に国土交通省土木研究所コンクリート研究室長であった京都大学の河野広隆教授は、ひび割れのスケッチ図を維持管理に活用するという目的が忘れられていることについて次のように指摘している9)。
『最近、ひび割れに対して発注者が異常に厳しくなっているようである。要因はいくつもある。例えば、1999年の新幹線福岡トンネルの覆工落下事故を受け、当時の建設省などが大規模なコンクリート構造物の実態調査を行った。塩害やアルカリ骨材反応など深刻な劣化は少数であるものの、施工に起因する比較的軽症の劣化がかなりの数に上るのが判明した。それを受け2001年3月に国土交通省は、コンクリート構造物の品質確保のための通達を出した。
【中略】
ひび割れの調査記録は、後の維持管理に役立てるため、0.2mm以上のものを記録しておくというのが趣旨であった。ところが、場所によっては、生じたひび割れはどんなに細かくても全て記録する、さらに、生じたひび割れは全て補修する、という対応を取ったところもある。これは、本来の目的から逸脱している。』
山口県では、通達が発出された6年後にひび割れ抑制システムの構築によって、ひび割れの調査結果を含む施工記録をデータベースに蓄積し、維持管理段階に使用できる状態となった。
維持管理段階においてデータベースに蓄積された新設時の情報を活用すれば、調査や設計を速やかに、正確に、安価に行うことができる。現状では新設時のデータを蓄積しているに過ぎないため、維持管理段階で活用する際に、参照する構造物を特定し、個別に抽出する手間がかかってしまう。また、現在のデータ項目が維持管理段階で有用なデータとして過不足なく適切であるか、検証ができていない。
今後は、維持管理段階との連結を目指して、まずは、点検や補修設計の一部において、現在のデータベースを活用する試行を行っていく予定である。