シリーズ「コンクリート構造物の品質確保物語」
①寺小屋から全国へ それはコンクリートよろず研究会から始まった「コンクリート構造物の品質確保とコンクリートよろず研究会」
② 山口県のひび割れ抑制システムの構築 -不機嫌な現場から協働関係へ-
③「ひび割れ抑制システムから品質確保システムへ -施工の基本事項の遵守と表層品質の向上-」
④「施工状況把握チェックシート -品質確保の効果と協働関係の構築-」
の続きです。
1. 目視評価法との出会い
2012年の2月ごろに、私は目視評価法と出会った。この手法を発案した坂田昇氏(鹿島建設)に声をかけていただいたのであるが、コンクリート構造物の耐久性確保のための表層品質の重要性を認識し、現場での実践を信条とする泥臭い研究者である筆者に向いた技術であると配慮してくださったものと理解している。
最初に送っていただいた原稿を読んで、面白そうな手法だとはもちろん思ったが、後に行政での品質確保システムの構築や展開の際の「必殺技」になろうとは、そのときには思いもしなかった。
目視評価法に関する報文は2012年7月に初めて公表された1)。
この連載では、山口県でチャレンジが始まったひび割れ抑制システムが、東北地方整備局での品質確保・耐久性確保等へと発展、展開していく状況についても触れる。その過程でこの目視評価法が欠かせないツールになっていくのである。以下、その経緯について述べる。
2011年5月に始動したコンクリート工学会(JCI)の「データベースを核としたコンクリート構造物の品質確保に関する研究委員会」は委員長を徳山高専の田村隆弘教授が務め、幹事長を筆者が務めた。JCIの研究委員会の委員長に高専の先生が就任するのは初めてのことであった。ちなみに2014年9月に発足した土木学会の350委員会(コンクリート構造物の品質確保小委員会)でも田村先生は委員長を務めるが、コンクリート委員会の研究委員会の委員長を高専の先生が務めるのも初めてのことである。良い意味で「革命的な」展開を図ろうとする筆者らの委員会運営方針が、これまでにない委員会構成を取ったことにも表れているのかもしれない。JCIのデータベース委員会では、山口システムの高度化や展開もミッションの一つに据えていた。2011年3月の東日本大震災の直後に発足した委員会であり、極めて厳しい条件の中での復興の工事においては品質確保が難題になるであろうことは、委員会の多くの幹事メンバーが気を揉んでいることであった。
データベース委員会の幹事メンバーの一人であった日本大学の岩城一郎教授は、かねてから東北地方のコンクリート構造物の高耐久化に関する実践的研究を積み重ねてきており、東北地方整備局とも共同研究を行っていた。しかし、キャンパスを福島県郡山に構える日本大学工学部の先生として、東日本大震災の厳しさを知る身として、復旧、復興に悪戦苦闘する東北地方整備局にとてもコンクリート構造物の高耐久化について提言する気持ちにはなれなかったようである。
2012年度に入り、復興道路等の建設も本格化するようになってから、データベース委員会でも中核的委員であった山口県の二宮純氏が、復興道路のコンクリート構造物の品質が気になる、との意見を言った。皆、気にはなっていたものの具体的な行動に移せなかったのであるが、この一言で皆が動き始めた。2012年8月10日に、岩城教授の段取りのもと、田村教授、二宮氏、筆者が東北地方整備局の道路工事課等のメンバーに山口システムの説明をする機会を得たのである。その経緯2)は本連載でも改めて紹介するが、そのタイミングと私が目視評価と出会うタイミングが合致するのである。
筆者の直観として、東北地方整備局で品質確保の取組みを導入していくとして、主たるターゲットはひび割れではなく、厳しい環境作用に耐え得る表層品質であろうと思っていた。品質向上の施策を行った場合、その成果を検証する必要がある。耐久性の観点での表層品質の評価は容易ではない。目視評価法にはその成果をすぐに数値化できるメリットがあり、その可能性を筆者は直観した。これを東北地方整備局に提案することに決心した。
11月7日(水)には、横浜市の川井浄水場の改築の鹿島建設の現場において、筆者の技術研修を聴講した横浜市の職員も巻き込んでの目視評価法の研修を行った。筆者が現場で行った最初の目視評価となった。このときの現場研修の冒頭の私の挨拶を覚えている。「今日は私にとっては練習です。12月末に山口県の構造物でひび割れ抑制システムのbefore/afterの構造物群に対して調査を行う予定で、この目視評価法で差が出るはずです。その調査に向けた練習です。」
施工の基本事項の遵守を行うことで、コンクリート構造物の表面の仕上がりは確実に向上し、山口県の構造物群を活用してその違いを目視評価法で評価することを、すでに明確な目標に設定していたのである。
2. 目視評価法の概要と品質向上の効果
目視評価法1)、 3)、 4) とは、打ち込まれたコンクリートの脱型後に表層の出来栄えを目視で評価するものである。従来発注者の竣工検査に合格していた範囲を対象として、コンクリートの表層に生じる不具合を分類し、それぞれの不具合について4段階のグレーディング評価を行う。図-1は橋台・橋脚・函渠・擁壁等の一般的な構造物を対象とした目視評価の評価基準であり、施工中に生じる不具合を、沈みひび割れ、表面気泡、打重ね線、型枠継ぎ目のノロ漏れ、砂すじの5項目に分類している。これまでは数値で評価されなかった表層の出来栄えを、4段階のグレーディングにより定量評価することで、施工方法の妥当性の検証や、施工方法改善のためのPDCAに活用することができる。なお、東北地方整備局の試行工事では、満点を4点、最低点を1点として、0.5点刻みで数値を付けることを許容している。
筆者の理解している範囲での目視評価法の特徴を以下にまとめる。
(1) 不具合を項目に分け、評価基準を与えたことで、これまで漫然と眺めていた各種の不具合が、より明確に見えるようになった。人間は見ているようで、何も見えていない場合がほとんどなのである。これは、施工状況把握チェックシートにより施工の基本事項に皆が気付くようになった効果と似ている。
(2) 究極の非破壊試験である。特別な器具は不要で、離れた箇所からも評価は可能なので、特別な足場も不要である。評価に必要な時間も短く、1エリアの評価に1~2分で十分である。
(3) 評価エリア全体の品質を評価できる。一般的な試験は、透気試験にせよ吸水試験にせよ、局所的な点での評価となる。全体を評価することは不可能である。目視評価法は、エリア全体を見た上で、改善が必要と評価者が思う場合はそれを反映した数値を付けるため、簡単な手法ではあるが、全体を評価していることになる。仮に不具合が一部分に集中している場合であっても、その状態を次にどう改善したいのかがポイントであって、それを反映した評価結果にすればよいのである。
(4) 多くの人が同時に実施できる。一般的な試験は、技術を持つ人間が少人数で行う場合がほとんどである。目視評価法は、発注者でも施工者でも作業委員でも容易に行うことができる。最大のポイントは、評価の結果が低い場合でも、次への改善策を提案できる場合が多い、ということである。コンクリートの表層に表れた不具合には理由があり、技術、経験を持つものであれば、理由の推察も付くし、改善方法を提案することができる。この点を上手に活用することで、コンクリート構造物の建設に携わる関係者の協働的な対話につながることを筆者らは期待している。