道路構造物ジャーナルNET

シリーズ「コンクリート構造物の品質確保物語」④

「施工状況把握チェックシート -品質確保の効果と協働関係の構築-」

横浜国立大学
大学院 都市イノベーション研究院
准教授 

細田 暁

公開日:2016.01.01

2. 施工状況把握チェックシートの開発の経緯と効果

 図1が、山口県で開発された施工状況把握チェックシートである。山口県では2007年のひび割れ抑制システムの運用開始に先立ち、2006年にシステム運用の試行を行った。施工現場の段取りに大きな差があったのが現実であった。この状況に対して、施工状況を把握するためのチェックシートを開発し、システムの構築に関わったコンサルタントの技術者がすべての現場の打込みに立ち会う際にこのシートを試験的に使用した。山口県の二宮 純氏とコンサルタントの議論により、チェック項目を厳選し、A4一枚に収めることを目標とした。膨大なノウハウが詰め込まれた示方書等の規準類と、現場をつなぐ一枚のシートが開発されることとなったのである。なお、2012年制定コンクリート標準示方書の改訂資料2)にこのシートが掲載されたため、その際に用語や表現の修正を行ったが、本質的な内容は開発当初のままである。

 山口県では、2007年のシステム運用開始以降、この施工状況把握チェックシートを携えた監督職員が現場で施工状況把握を行っている。施工の基本事項は示方書等に詳細に記述されているが、その中から27項目を厳選し、チェックシートの形とした。監督職員は、施工状況把握により改善すべき点があれば、改善を指示する。このチェックシートは公表されているため、施工者も着目点を共有することで、基本事項に対する意識の共有、適切な施工計画の作成、適切な事前準備につながり、施工状況の改善につながる結果となった

 図-2は、山口県のひび割れ抑制システム運用開始後の、監督職員による改善指示が一つでもあった打込みロットの割合の変遷を示している。改善指示のある現場の割合は、システム運用開始後に急減し、その後は安定傾向にあることが分かる。
図-3は、特に改善指示の出やすい締固めに関するデータである3)。システム運用開始の2007年(平成19年)から締固めに関する改善指示も減少している傾向が認められるが、2012年(平成24年)から少し増えている傾向も認められる。本稿の冒頭で紹介した下関での研修は2012年10月に実施されており、山口県においても、施工状況把握が一部で形骸化する傾向にあった可能性も考えられる。下関での研修を皮切りに、山口県では研修の巻き直しを図ることになるが、それにより、改善指示が微増した可能性も考えられる。システムとは、適切に機能するために常にメインテナンスが必要なのであろう。

 山口県では、システムの立上げ当初から、このチェックシートの他にも、施工の基本を学習できるe-learningの教材の開発と活用、県が主催する講習会の実施などを行ってきた。山口大学と山口県の共同研究で開発されたe-learningの教材では、施工状況把握チェックシートの記載項目が遵守されることがなぜ重要であるのか、また遵守されない場合にどのような不具合が生じるのか、を画像と音声で学習することができる。講習会では、官学からの情報提供のみならず、施工者が実際の現場で施工の基本事項の遵守を達成するために行った工夫なども紹介され続けている。
 本連載では、山口システムの東北への展開等についても述べていくが、施工の基本事項の遵守が達成されるための方策は、山口県のやり方に限らず、様々なものがあり得るであろう。例えば、東北で採用されている施工状況把握チェックシートと出来栄えを評価する目視評価法の組み合わせ、もその一つであろう。コンクリート構造物の施工における永遠の課題の一つとも言える施工の基本事項の遵守に対して、様々な工夫が今後も重ねられる必要があることは間違いなく、逆にそれを産官学の対話の場として活用すべきであることを筆者は提唱したい。
 山口県においては、このような施工の基本事項の遵守を達成するための努力により、温度ひび割れが抑制されるだけでなく、構造物の耐久性を支配するとも言える表層品質が向上し、総合的な品質向上につながった4)。
 また、山口県では、図-2や図-3で示したように施工の基本事項の遵守がシステムとして達成されてきていることを受け、2013年4月より、補修を必要とするひび割れが発生した場合でも、施工が適切に行われていることが確認された場合は、工事成績評定において減点をしないように変更した。適切な施工に取組んだ協働の一つの大きな成果であると考えている。

3. 協働関係の構築

 良い仕事には、良いコミュニケーションが必要である場合が多いと筆者は考えているが、産官学の協働はまさに良質のコミュニケーションが基本である。筆者は、施工状況把握チェックシートの真髄を深く知るにつれて、このシートを上手に活用することにより、プレーヤーの協働関係の構築にもつながることを見出した。


図-4 施工状況把握チェックシートによりもたらされる効果と構築される協働的な対話の構図

 図4は、施工状況把握チェックシートの効果と協働的な対話が構築されるメカニズムを筆者が図にしたものである3)。施工の基本事項を明確化したことによる効果はすでに述べたが、一見「曖昧な」チェック項目があることが、監督職員、施工者、さらには関与する学にスキルとマインドがあれば、協働的な対話につながることを現場でも実感してきた。例えば、「コンクリート打込み作業人員に余裕を持たせているか」という項目があるが、適切な作業人員の数とは、季節等の環境条件も含む現場の条件により異なると思われ、品質確保のために適切な数について監督職員と施工者の双方が思いを巡らせること自体に、まずは意味があると筆者は考えている。
 以下は、施工状況把握の研修や現場で見られたいくつかの協働的な対話の事例3)である。

協働的な対話の事例1「型枠面を湿らせること」
 2012年10月11日に下関のボックスカルバートの側壁の打込みで行われた施工状況把握の研修会のふりかえりで行われた議論である。
 「型枠面は湿らせているか」というチェック項目がある。この現場では、高圧洗浄機を用いて打込み前に散水がなされた。散水された水の多くは側壁の型枠内の底部に溜まった。この水が十分に除去できているのか、という参加者の質問から議論が始まり、そもそも何のために散水するのか、という議論に発展した。
 2012年制定の土木学会コンクリート標準示方書[施工編・施工標準]の7.4.1(打込みの準備)には、「コンクリートと接して吸水するおそれのあるところは、あらかじめ湿らせておかなければならない。」との条文がある。この条文の解説を読んでも、吸水するおそれの無い場合は、湿らせる必要が無いように読める。施工者によっては、近年の合板型枠は吸水もせず、また離型剤が塗布してあるのでむしろ散水しない方がよい、という意見を聞いたこともある。
 しかし、例えば吉田徳次郎博士の「鉄筋コンクリート設計方法」によれば、「コンクリートを打つまえに、せき板に十分に水をかけることは、せき板とコンクリートの付着を防ぐために必要なばかりでなく、完全な掃除をする上からも、大切である.ただし、寒いときに、せき板に水をかけると水が凍ったり、コンクリートが凍結したり、するおそれがあるから、寒中コンクリートの場合には水をかけず、せき板に塗布材をぬるのがよい。」とある5)。さらに、同書の中には、「暑中コンクリートを打つときには、水の蒸発の影響を少なくするため、せき板その他水を吸収するものはコンクリート打ちのまえに十分に吸水させなければならない。熱い鉄筋、岩盤、わりぐり基礎、等の上には水をかけてひやしてからコンクリートを打つ。」とある6)。
 このように、「型枠面は湿らせているか」というたった一つのチェック項目を巡って、真に品質確保を達成するために多くの議論を行うことが可能であり、場合によっては現行の示方書の記述を超えた議論にまで踏み込むことも可能である。質の高い研修においては、そのような議論を参加者が共有できることとなる。
 参考までに、ふりかえりにも参加したこの現場の施工者は、散水する主たる目的を、型枠等を冷やすことと認識しており、散水により溜まった水は側壁の型枠の底部の継目から打込み開始前に適切に除去されていた。

協働的な対話の事例2「バイブレータの10cm挿入」
「バイブレータを下層のコンクリートに10cm程度挿入しているか」というチェック項目がある。この内容については、施工者による種々の工夫が見られ、現場においても協働的な対話のきっかけとなる場合が多い。
 目に見えない下層にバイブレータを10cm程度挿入しなくてはならないため、現在打込んでいる層の厚さの管理は必須となる。バイブレータにカラーのビニールテープを目印に巻く工夫がよく見られるが、バイブレータの先端から遠くない位置に巻いていると、作業員の位置から目印までの距離が遠くて見にくかったり、コンクリートで汚れて見えなくなったりする場合がほとんどである。
 打込み作業の終了まで、この基本事項が遵守できるよう、テープの巻き方には種々の工夫がなされることとなる.テープ以外による方法も考案されるかもしれない。
 監督職員が状況を把握しやすい施工方法は、作業員にとっても作業のしやすい方法である場合が多いようである。
 筆者が、横浜市の調整池の現場での施工状況把握に参加した際、バイブレータに複数のビニールテープが適切に巻かれていた。どの層を締め固める際も、作業員の手元で型枠の天端にて挿入深さを管理するための工夫であった。協働的な対話の中で、後追いバイブレータの作業員は、「この方が単純作業となるので楽である。」と話していた。

協働的な対話の事例3「落下高さは1.5m以下であるか」
 これは、2013年2月12日に、横浜市の発注したRC製の大型ケーソンの製作現場での施工状況把握に筆者が参加したときの事例である。
 ケーソンの隔壁の厚さが200mm程度であり、その中央に鉄筋が配置されており、鉄筋が障害となってポンプの筒先を型枠内の奥深くに挿入することができなかった(写真8)。打込み開始初期は、明らかにコンクリートの落下高さが1.5mを上回っており、「ポンプ配管等の吐出口から打込み面までの高さは、1.5m以下としているか」のチェック項目で×が付く状況であった。
 現場代理人は、「ポンプの筒先が入らない設計となっており、1.5m以上の高さから落下させても材料分離が生じにくいようにコンクリートの配合を工夫した。また、後追いバイブレータを通常よりもさらに入念にかけるようにしている。」と話していた。
 同様の方法で施工した前リフトの表面を、筆者らが目視評価法(連載の次回で解説)で評価した結果、顕著な不具合は認められず、むしろ良好な仕上がり

を示していた。
 この事例は、施工のことを十分に配慮できていない設計のために施工者が苦労している問題と見ることもできる。しかし、施工状況把握における対話から、品質を確保するための施工者の努力を、監督職員ら発注者の技術者たちが認識することとなった。このような対話の結果が、今後の設計、施工等にフィードバックされ、多くの構造物の品質確保につながることを期待したい。
 以上に挙げた事例のように、チェックシートを活用した施工状況把握は、監督職員と施工者の間、さらには学も含めた関係者間に協働的な対話を生み出す場となり得る。ただし、それは監督職員や学の関係者のマインド次第と言える。

4. 様々な機関への波及と今後への期待

 この連載でも後続の回で取り扱うが、施工状況把握チェックシートは東北地方整備局の試行工事で大々的に活用されることとなる。また、群馬県、JR西日本、横浜市の工事等でも活用が行われてきている。各機関において、例えば寒中コンクリート用のチェックシートや、トンネル覆工コンクリート用のチェックシート、RC床版用のチェックシート等も開発されたりしており、山口県で生み出された手法が各地で発展、活用され始めている。東北地方整備局での活用方法や発展については後続の回で詳述する。また、維持管理の補修・補強工事についてのチェックシートの開発の試みもスタートしており、筆者は大いに期待している。
 世の中が形骸化したチェックシートだらけになることは全く御免被りたいので、常に目的を大切に、適切な施工状況把握チェックシートの活用、応用がなされていくよう、筆者も同志たちとともに啓蒙活動と実践を続けたい。

参考文献
1) 森岡弘道・二宮純・細田暁・田村隆弘:地方自治体におけるコンクリート構造物のチェックシートを活用した品質確保の取り組み、コンクリート工学年次論文集、35巻、1号、pp.1327-1332、2013
2) 土木学会:2012年制定 コンクリート標準示方書改訂資料-基本原則編・設計編・施工編-、pp.357-359、2013
3) 細田 暁、二宮 純、森岡弘道、阿波 稔、田村隆弘:施工状況把握チェックシートによるコンクリート構造物の品質確保と協働関係の構築、コンクリートテクノ、34巻、5号、pp.63-82、2015.5
4) 細田 暁、二宮 純、田村隆弘、林 和彦:ひび割れ抑制システムによるコンクリート構造物のひび割れ低減と表層品質の向上、土木学会論文集E2、Vol.70、No.4、pp.336-355、2014
5) 吉田徳次郎:第3次改著 鉄筋コンクリート設計方法、養賢堂、p.41、1958
6) 吉田徳次郎:第3次改著 鉄筋コンクリート設計方法、養賢堂、p.74、1958

ご広告掲載についてはこちら

お問い合わせ
当サイト・弊社に関するお問い合わせ、
また更新メール登録会員のお申し込みも下記フォームよりお願い致します
お問い合わせフォーム