道路構造物ジャーナルNET

【オピニオン】特殊高所技術について

特殊高所技術――足場や重機を使わず「人の目」に拘り点検

一般社団法人特殊高所技術協会
代表理事

和田 聖司

公開日:2015.04.01

4.新たなメンテナンス手法と近接目視

 平成25年、国土交通省はNETISテーマ設定技術(※3)において「コンクリートのひび割れについて遠方より抽出が可能な技術」を公募した。そして、平成26年には「次世代社会インフラ用ロボット技術・ロボットシステム」が公募された。
 この2つを見比べると、前者は遠隔技術であり、後者は近接目視に代わる技術であることがわかる。 たった1年の間に国土交通省はNETISテーマ設定技術の募集を180度方向転換したことがわかるだろう。これは行政ニーズ、施策ニーズが大きく変化したことを意味しているわけだが、この方向転換には、記憶に新しい中央自動車道笹子トンネル天井板落下事故(平成24年12月2日発生)が大きく関連している。
 昨年、国土交通省の橋梁定期点検要領が10年ぶりに改訂され、省令において、2㍍以上の全ての道路橋に対して、5年に1度の近接目視点検を義務付けたわけだが、これにも中央自動車道笹子トンネル天井板落下事故は、大きく関連している。
 この事故の報道では、原因となったアンカーボルトの点検時に、遠望目視しかされておらず、12年間打音検査は未実施だったという事実と、果たしてその点検方法で十分だったのだろうか?という評論ばかりが繰り返し伝えられた。 「コンクリートのひび割れについて遠方より抽出が可能な技術」の公募は、ひび割れを早期に発見することで予防的な対策を施すことが可能となるという観点からスタートしている。
 しかしながら、中央自動車道笹子トンネル天井板落下事故を契機に、社会インフラの予防保全は、遠望目視など、遠隔技術では不十分であり、近接目視及び、打音検査を実施しなければならないという方向へと180度の方向転換を余儀なくされたということになる。但し、全ての社会インフラに対して、近接目視及び、打音点検を実施することは財政的に見ても、また、技術者不足の面から見ても非常に困難である。社会インフラの老朽化や、近年増加傾向にある大規模災害対応、また人口減少・少子高齢化を見据えれば、更に事態は深刻さを増す。
 そこで国土交通省では、これらを解決する糸口としてNETISテーマ設定技術において「次世代社会インフラ用ロボット技術・ロボットシステム」を公募することとなったのだ。
 「コンクリートのひび割れについて遠方より抽出が可能な技術」「次世代社会インフラ用ロボット技術・ロボットシステム」のいずれも複数の技術が選定されているが、現時点で、近接目視及び打音検査に代わる実用可能なレベルの工法は無い。発想としては間違っていないが、技術がついてきてはいないというのが、私が受けた印象だ。このような遠隔技術やロボット技術については、以前から様々な分野で開発が繰り返されてきており、ここ数年のうちに始まったものではない。私の知っている事例では、某電力会社がダムなどの大規模構造物を高画質のカメラで撮影し、損傷を解析する技術や、水中ロボットの開発など10年以上前から取り組んでおられるが、未だ実用レベルの工法は見たことがない。それほどに簡単な話ではないということになる。 
 精度について言うと、人間の目というのは非常に良く出来ていると思うのだが、それでもススで汚れた蜘蛛の巣をひび割れと見間違うことは少なくない。点検時には、直接手で蜘蛛の巣を掃うことによって、それが間違いなくひび割れであることを確認する必要があるわけだが、残念ながら、上記の遠隔技術やロボット技術には、もちろんそのような機能は無い。こういった遠隔技術、ロボット技術の有用性や、点検精度を検証するという目的で「特殊高所技術」が用いられた事例も少なくはないが、今まで「特殊高所技術」が関わることとなった対象技術を見る限り、2015年3月現在、人間の五感に敵うセンサーは存在しない。 もちろん、社会インフラの点検に役立つ上でという意味での話だ。


          写真-5 遠隔技術の点検精度検証状況

 みなさんは2050年問題を知っているだろうか? 我が国では人口が1億人を切り、総人口の3分の1が65歳以上の高齢者になると言われている。 その頃までには省人化技術は、最低限、人間が行っている近接目視と同じ精度で運用されている必要があるのだろう。これが間に合わなければ、社会インフラの維持管理は完全に手詰まりだと言えるのではないだろうか? もちろん今すぐこれら省人化技術の活用は望めないため、技術者が近接目視及び打音検査を実施する必要があるということになる。 この前提がある限り「特殊高所技術」の有用性が非常に高いことがわかるだろう。 
 ※3:テーマ設定技術募集方式(フィールド提供)は、評価試行方式で対象としない技術や、行政ニーズ・施策ニーズ等から、早急に試行し、その効果を確認する必要があるものを対象に具体の現場を想定し、産学官からなる新技術活用評価委員会において技術テーマを設定し、技術の公募・評価を行い、特に優れた技術や画期的な技術には現場フィールドを提供するもの。

5.特殊高所技術の有用性

 「特殊高所技術」を活用することで、従来技術では、近接が困難、または不可能な箇所において、技術者自身が対象箇所に近接することが可能となる。 実は、やり始めて思ったのだが、社会インフラの維持管理上「特殊高所技術」以外の方法では対処できないケースが非常に多いのだ。 もちろん、なんでもかんでも「特殊高所技術」で実施すれば、安くて、早くて、高い精度で、ということはないが、ある一定の条件のもとにおいては、かなり有用性が高いことは間違いないだろう。
 技術者自身が近接して作業を行うことが出来るため、現時点で、遠隔技術やロボット技術で問題となるような課題はほぼクリアーされていると考えて良い。 具体的に言うと「特殊高所技術」を活用することによって、コストの縮減、工期の短縮、高い精度の調査・点検が可能、安全性の向上などのメリットがある。


                  写真-6 近接目視点検状況

コストの縮減、工期の短縮
 例えば、橋梁において、床版下面の点検を実施する場合、従来であればどうだろう? 定期点検レベルで5年に1度、吊足場を仮設していては、それこそ維持費は莫大な金額となってしまう。点検に吊足場を選択することは現実的ではない。「特殊高所技術」にとって、足場の設置、撤去にかかる費用や工程が必要なくなるというのはわかりやすいメリットだ。
 現実的には、もっとも一般的な方法として、橋梁点検車を使用することが多いだろう。橋梁点検車を使用する場合、橋面上の規制が必要となるが、協議や、道路占有許可の申請など、現場での作業を実施する前段階でも少なからず労力が必要となる。交通量にもよるが、規制の関係から、点検作業が夜間に設定されることも多く、交通規制による弊害は非常に多い。これらにかかる経費は、実はばかにならないのである。 
 道路構造物ではないが、わかりやすいので発電施設を例に挙げてみる。発電所の場合、運転を停止して維持管理業務を行うことが少なくない。発電所を1日停止することで起こる経済的損失は発電量によって様々だが、大規模な水力発電所の場合、1日あたりの損失が数千万円になることもある。 道路構造物においても、維持管理業務に実際かかる費用以外の見えづらい経済的損失が確実に存在し、対象によっては、大変大きな問題となりえる。
また、河川管理者や地元の漁業組合との協議に多くの時間と費用を費やしているケースはかなり多い。足場や重機を使用しないことで、これらの時間と労力を軽減することが可能となる。

高い精度の調査・点検が可能
 橋梁において、床版下面の点検業務等では、橋梁点検車が用いられることが多いという話をしたが、橋梁点検車を用いることで、対象箇所全てにハンドタッチが出来るわけではない。「特殊高所技術」を用いることで、技術者自身が、橋梁点検車でも近接が困難、もしくは不可能な対象箇所に、近接することが可能であり、接触型の検査機器を使用することも出来る為、汎用性も高く、調査精度は向上する。

安全性の向上
 意外かもしれないが、実は「特殊高所技術」の安全性は高い。 「特殊高所技術」の安全性は「使用機材の安全性」「多重安全作業システム」「技術者の安全意識と危機対応能力」によって成り立っている。 これは、次回、詳細に説明することとしよう。(次回は5月1日に掲載する予定です)

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