新たに発刊した「道路橋防食便覧」のポイント
②耐候性鋼材と緻密なさび
公益財団法人 東京都道路整備保全公社
一般財団法人 首都高速道路技術センター
髙木 千太郎 氏
耐候性鋼材 前史
錆を抑制する鋼材の開発
はじめに
道路橋の主材料の一つである鋼材は金属の一種である。鋼は、鉄に硬さや強さを増す炭素(C)やけい素(Si)、じん性を増すマンガン(Mn)、冷間で脆くなる性質となるリン(P)、赤熱状態でリンと同様に脆くなる性質となる硫黄(S)の5元素が混ざった合金である。その金属を取り囲む種々な環境物質との間において、化学反応もしくは電気化学反応によって金属自体が損耗する現象が腐食である。金属、鋼が腐食した結果に形成する腐食形成物がさびである。鋼材は、多くの場合大気中に放置すると進行性の赤さびが発生し、表面が荒れたがさがさの状態になる。しかし、化学装置に使われている管路は、ステンレス鋼材やチタン合金などで作られていると表面が鋼材と同様なさびた状態にはなりにくいが、局部的に穴が開く孔食や応力腐食割れが発生することがある。また、亜鉛(Zn)、銅(Cu)などは、一様で緻密なさびである自然化成被膜が形成されることから、腐食の進行速度が著しく低下することは一般的に知られている。さびとの鉄の戦いは、古くは隕鉄を分析した1820年の頃に遡る。ファラデー(※編集担当 井手迫 瑞樹 注 マイケル・ファラデー(※wikipediaから引用))は、隕鉄がさびにくい性質を保有していることから、含有しているニッケル(Ni)を含有した鉄(Fe)を人造的に造ることを試みた。しかしファラデーは、脆い性質が際立ち研究を止めたがその後のさびを抑制する鋼材開発の始まりとなった。
さびの進展を抑制する緻密なさび形成を期待した耐候性鋼材の開発は、1950年代盛んとなり、1957年には市販の第一号が販売された。橋梁への適用は、国内では長良川橋梁が最初で、塗装しての採用であった。裸使用で使われたのは、1967年の知多二号橋が最初であり、46年経過した現在でも無塗装で現役として使われている。耐候性鋼材の使用は、鉄道車両、建築、鉄塔、産業機械及び橋梁へ採用されているが、近年使用量が多いのは橋梁である。このような経過を経て道路橋に近年多く使われている耐候性鋼材について、「鋼道路橋防食便覧」の記述を主として解説することとする。
緻密なさび層が腐食速度を低下させる
厳しい環境条件では形成されないことも
耐候性鋼材による防食原理と注意点
耐候性鋼材の防食原理は、適量の銅、リン、クロム(Cr)などの合金元素を普通鋼材に添加することで鋼材表面に緻密なさび層を形成させ、さびの進展を抑制することで腐食速度を低下させることである。耐候性鋼材が大気中に暴露されると、鋼材の界面に連続して内層さびと大気側の外層さびの2層構造が形成される。このうち、内層は、超微細粒子で構成される緻密な非晶質さび、または微細なオキシ水酸化鉄等が環境を遮断する機能があり、これらが腐食性物質の侵入を抑制することで腐食速度が低下する。
このような原理で腐食速度を抑制することから、対象橋梁の環境や架設後の維持管理体制などに十分な配慮がないと、防食上必要不可欠な緻密なさび層が形成されず、さびの腐食速度も低下することはなく断面減少となるので注意が必要である。しかし、大気中の塩分量が多い環境や、鋼材表面に湿潤状態が継続するような環境条件におかれた場合には、緻密なさび層は形成されず、著しい腐食や層状剥離さびが発生することとなる。さらに注意すべきポイントとして、緻密なさび層が形成された耐候性鋼材であっても、塩分の多い環境や凍結防止剤散布等の厳しい環境等の条件変化となるとさびの保護性が損なわれ、腐食速度が増加する結果となる。
耐候性鋼材の損傷事例
もう一つの注意点として、緻密なさび形成の前に発生するさび汁がある。耐候性鋼が大気中に暴露された2~3年の段階で、雨水等が降りかかる鋼材表面に鉄イオンが溶け込むことで問題のさび汁が発生する。さび汁は、鋼部材に降りかかった雨水が一定の水みちを通って流れる場合や、降雨後の滴が一定の個所に集中して滴下する場合など、桁下の構造物や橋台等の周辺施設を汚すことがあるので十分な注意が必要である。このようにさび汁の滴下によって汚れが美観上や歩行者の衣服等を汚す問題として懸念される場合は、さび汁を含む雨水の排水方法に十分配慮することが必要である。次に、耐候性鋼橋の設計、施工、維持管理のポイントについて解説する。
鉄筋コンクリート床版打設時のセメントミルクの汚れ(左)、 緻密さび未形成状況(右)