例えるなら「豆腐」のような軟弱な地盤
盛土部と構造物との境界部は段差修正舗装を繰り返している個所も
――軟弱地盤の経年的な沈下は生じていないでしょうか。私が最初に有明海沿岸道路を取材していた時に施工していたのが矢部川大橋でした。国内最大級のPC斜張橋ですが、下部工の沈下により上部工のキャンバーがなかなか合わせられず、かなりの期間プレロードをかけて沈下が収まったのち、両側からの張り出し施工でキャンバーを合わせながら施工されていたことを覚えています。基礎工も試行錯誤しました
新保 同橋は今でもPC斜張橋としては日本一の支間長(261m)を誇ります。直轄管理でこれほどのPC斜張橋は他にはありません。その意味では、緊張感とプライドを持って管理しています。
矢部川大橋
おっしゃる通り、施工時に右岸側で23cm、左岸側で4cmの沈下が発生しましたので、沈下計測を定期的に実施しています。以前は沈下計を設置していましたが、そのメンテナンスに手間がかかりすぎるため、現在は手作業により、定期的に定点観測を行っています。その結果、現在は沈下が見られていません。
――当時、清水建設・川田建設JVおよび三井住友建設・ピーエス三菱JVの現場代理人さんからは桁を少し伸ばした段階で桁の上にプレロードを載せて、沈下が終わるまで待たないと桁を伸ばせなかったという話を聞いたことを思い出します。キャンバー変化に合わせて桁やケーブルの設計変更も大変だったと聞いたことがあります
新保 沈下が継続した状態では、危険な状態のまま上部工を施工することとなり、更に、主桁閉合が困難となる可能性がありました。そのため、主桁閉合前に沈下を促進・収束させる必要がありました。対策として、最大4400tf(P1橋脚:4400t(グランドアンカー+鉄板載荷)、P2橋脚:3800t(鉄板載荷のみ))載荷するプレロード工と高圧噴射撹拌工による周面摩擦強化工を行いました。プレロード期間中は、沈下計測を行い、橋脚の沈下が落ち着いた後に主桁併合を行うことで、安全な施工が可能となりました。また、将来的な沈下に対応するため、主桁の外ケーブルには高強度ケーブルを採用して主桁の耐力を向上させました。
――建設時の沈下の原因は何だったのでしょうか
新保 基礎杭は支持地盤に入れていますが、その直下に少しだけ、杭先端付近にある粘土層が上部工の荷重増加によって圧密沈下した泥の層があり、それが上部工の荷重によって圧密されたのであろうという結論になっています。圧密は既に収束しており、平成28年の熊本地震の際にも沈下は生じませんでした。
一昨年前には橋梁点検を行いましたが、損傷は経年的なひび割れ(乾燥収縮ひび割れ)が増加した程度です。応力ひび割れなど構造的な問題による損傷はありません。今年度補修設計を行う予定です。
――軟弱地盤について、矢部川大橋以外では
新保 大牟田市内から筑後川、早津江川までの福岡県は深さ10mがN値0となっています。当時出張所長をしていた私は、地盤のCMを担当していた技術者と「これは豆腐」のようだね、という話をしたことを覚えています。支持層は35~50mの深さにある洪積層で、その上は砂と泥が互層になっています。当事務所(柳川市内)周辺でも豆腐の上に少し硬い板を置いてその上を人が歩いているような地盤であり、大型トラックが通ると橋の上にいるかのように揺れます。
――聞きしに勝る軟弱地盤ですね。橋梁は全て支持杭ですか
新保 大川高架橋では鋼管ソイルセメント杭を用いた摩擦支持としています。約2kmの延長を有する高架橋でコスト的観点から同基礎を採用しましたが、管理者としては若干気になります。
――有明海沿岸道路ではアーチカルバートもありましたね。矢部川大橋のアプローチである中島地区の連続アーチカルバートだと思いますが
新保 矢部川大橋のアプローチである中島地区にアーチカルバートがあります。アーチカルバートの設計になれば、改良杭でいいので、改良率を上げて基本的には支持層まで入れています。福岡県側の盛土区間はフローティングとなっていますが、不等沈下を避けるため、ボックスなどの地盤改良は着底しています。
中島七連高架橋(アーチカルバート)
――農地への風の通り道とするためなどでカルバートが大きくなっています。一番大きな溝橋でどのくらいのスパンとなりますか。現場打ちではなくて、プレキャストカルバートも多数採用していたと思います
新保 中島地区にあるのが7連プレキャストアーチカルバート構造で、スパンの大きなところで約15m程度あります。
――各所で軟弱地盤の沈み込みにより舗装の嵩上げで対応せざるを得ない土工部が現出しています。これについて、今後どのように対策していきますか、抜本的な対策はお考えでしょうか
新保 これまで、オーバーレイにより段差解消を実施してきましたが、最近は沈下もだいぶ落ち着いてきていますので抜本的な対策は予定していません。道路パトロールによる日常点検などで、沈み込みが確認されれば、補修等、適切な対応を速やかに図るようにしています。
舗装に段差が生じている個所も(井手迫瑞樹撮影)
舗装修繕状況
――熊本地震後には段差抑止工法を採用している事例があります。そのようなものをカルバートや橋梁と盛土の間などに設置する考えはないですか
新保 これまでも段差を発生させないために、橋梁などの構造物と盛土部の境界部には踏み掛け版等の段差緩和対策を施しています。踏み掛け版に代えて繊維シートを使用した地震対策の段差抑止工もありますが、現時点で使用した橋梁や溝橋はありません。
――現在、一番厚い箇所の舗装厚は
新保 手元に資料はありませんが、かなりの舗装厚になっています。建設時から4層(基層+中間層2層+表層)でした。その後、擦付部で3~4cmの舗装を繰り返しています。
ジョイントは来年度以降補修を行う
積極的に新技術の採用を図る
――支承およびジョイント取替について、2022年度の施工予定箇所数は
新保 2022年度の施工予定はありません。ジョイント部の補修は、定期点検で損傷が確認された諏訪川橋、大牟田連続高架橋について2021年度に詳細調査と補修設計を実施しています。来年度以降、補修工事を行う予定です。
――ジョイント全体のことですか、止水構造が損傷しているということですか
新保 一般的にジョイントの損傷は、止水構造の損傷がほとんどです。当事務所でも経年や走行車両の繰り返し荷重による材料劣化により、路面側ゴムの劣化破損、下面止水材の破損、バックアップ材の脱落が見られました。今後、伸縮装置からの漏水による桁下部材の損傷促進、車両走行時の騒音被害などが考えられることから性能的にも良く、耐久性の高いのに取り替えたほうがライフサイクルコスト的にもいいと考えています。
定期点検で損傷が確認された諏訪川橋(A1,P1:2箇所)、大牟田連続高架橋(A1,P1-5,P5,P11,P12,P16,A2:7箇所)について2021年度に詳細調査と補修設計を実施しています。
諏訪川橋 P1橋脚上伸縮装置の止水材破れ
――2022年度の塗替え塗装予定について
新保 施工予定はありません、これまでも塗替え補修は実施していません。
――耐候性鋼材を採用した橋梁での錆による劣化・損傷は
新保 2橋で採用していますが、劣化・損傷事例はありません。
――災害が激甚化しているなかで、具体的な防災対策の要対策箇所は
新保 要対策箇所はありません。
――盛土はコンクリート吹付ですか、それとも植生等緑化していますか
新保 盛土の法肩と法尻は防草対策で張コンクリートを行っており、法肩と法尻の間の法面は張り芝もしくは防草シートとなっています。
――新材料、新技術の活用について
新保 近年の点検業務での活用事例としては、コンクリート叩き落とし部の処理で「かため太郎(NETIS:KT-120036-VE)や、社会インフラ画像診断サービス「ひびみっけ」(KT-190025-VR)があります。また、ウェアラブルカメラによる遠隔臨場、LiDARスキャンによる3D画像活用、橋梁点検ロボットカメラによる損傷点検の1次スクリーニングなどもあります。今後の点検等でも、赤外線を用いた調査やAI画像解析システムの活用など、新技術の活用を検討しています。
新技術採用事例①
――遠隔臨場も実施しているのですね
新保 コンサルタントが会社と現場をウェアラブルカメラでつないで損傷判定するときに活用しているということです。
――国土交通省として遠隔臨場は考えないのですか
新保 工事ではかなり使用しています。立会検査も遠隔臨場で行っています。2年前くらいから当たり前となっています。
――大手のみですか
新保 大手に限らず、希望があれば協議して実施しています。
――NEXCO中日本では遠隔臨場で空いた時間を抜き打ちの立会検査にも使うという方針を出していますが、当事務所でも考えていますか
新保 安全管理もあるので、遠隔臨場を活用した場合でも、現場にまったく行かないという状態にならないようにしています。
――LiDARスキャンとは
新保 3D画像を取得できるものとなります。iPhoneに搭載されています。
新技術採用事例②
――橋梁点検ロボットカメラはどのような種類のものですか
新保 橋梁点検ロボットカメラは、デジタルカメラを伸縮式のポールの先端に取り付け、地上にいながら高所の損傷を視認して撮影するものです。地上からの操作で画像にクラックスケールを表示する事ができるので、高所のコンクリートひび割れ幅も確認できます。
斜張橋のロープ点検ロボットは、リング状のフレームにデジタルカメラを複数台取付け、ドローンの推力でケーブルに沿って走らせて、路面から損傷の有無を撮影して確認するものです。
――国土交通省全体でICT盛土の取組みを進めていますが。有明海沿岸道路ではどうですか
新保 川副地区でICT施工に取り組んでいます。
――全体として盛土から進めていますね
新保 土工から始まりましたが、現在では地盤改良や橋梁下部工でもICT施工に取り組んでいます。
――最後に
新保 これまで27.5kmの開通に伴い地域活性化の効果も既に発現してきており、地域の方々の期待も大きくなっているところです。更なる発展・産業振興のため、今後も佐賀・熊本へと早期完成に向けて整備を進めていきたいと考えています。
――ありがとうございました