土研は時代の要請を半歩でも先取りして研究を行うべき
新しい技術の実装や、現場での問題解決を評価の軸に
――さて、土研の在り方についての質問です。土木研究所は、今年100周年を迎えるわけですが、改めて土研の為すべきことはどんなことでしょうか
西川 土研のミッションは、平たく言えば国土交通省の土木関係事業を技術面でサポートすることで、これは国総研も同様です。国総研は本省のサポートが中心になりますが、土研は同じ国土交通省でも地方整備局の現場や、国土交通省の事業を行う地方自治体、そこで業務を請け負う民間会社をサポートすることが中心になります。大きな災害や事故が発生したときには、国総研、土研が一丸となって対応することになります。
100年前、土研が設立された頃に、全国の大きな河川を管理する事務所が次々とできました。日本の河川の治水事業が近代的な形で本格的に動き出したのもその頃です。当時は、河川工学も経験的なものの延長でしたが、海外から学びながら我が国の河川工学の基礎づくりをした時期で、土研から著名な技術者も次々と出てきました。
道路に目を向けると、第1次道路整備5カ年計画が策定された昭和30年頃が変わり目です。河川と同じように、輸入された技術を我々が使えるように翻訳して、東大、京大等の先生方の協力を得て、鋼道路橋設計示方書が昭和31年に制定されました。これを技術基準と言う人が多いですが、どちらかと言えば標準設計です。そのとおり設計すれば、最適かどうかはともかく、安全な橋は設計できます。それが昭和30、40年代の高度経済成長を支えたわけです。当時は、民間に技術がなかったので、標準設計が必要だったのです。そのおかげであまり考えなくても橋が設計できるようになりました。ところがその流れは現在も残ってしまっています。1970、80年代に変えるべきだったと思いますが、性能規定の考え方を導入してハンドルを切ろうとしたのが1990年代です。本来ならば民間のアイデアや技術を積極的に引き出すようにもっと早くに変えていくべきでした。土木研究所は新たな時代の研究にそうした姿勢で取り組んでいくべきでしょう。
――性能規定ということですね
西川 性能規定と言い出したのが、1990年代の終わりです。民間に技術を移転したのだから、民間の技術・アイデアをもっと引き出すべきでした。90年代は日本の橋は高いと言われた。地震国であることなどいろいろ要因はありましたが、それでも高かった。(安くするための)生産性向上Ver.1というのが、その時でした。現在はVer.2で、目的は人材不足だからです。同じ生産性向上でも意味合いが違うという話です。
河川も経験工学だったのが、理論化が進み、現在は予測がすごく高度になっています。温暖化の地球シミュレーターのデータから、将来の雨量を予測し、各地の地形と組み合わせて、流入量まで解析できるようになっています。土研でもそのようなことをやっています。経験から理論にシフトし、予測技術が飛躍的に向上しましたが、私はちょっと待てと思っています。
橋梁も同じで経験的なものから理論化が進み、最適化と言っていますが、逆に方向がわからなくなっています。さらに、維持管理による長寿命化が必要になったことで、現実の橋梁をもっと見なければならないことになりました。橋梁の場合、定期点検というモニタリングが開始されていて、時間軸上で橋を見るようになり、強いだけでなく長持ちする橋という方向性ができ、予防保全ができる流れになりました。
河川もようやく予防が大切と言い始めました。水管理・国土保全局が今後4年間ですべての直轄河川の3次元測量データを取得するとしています。しかしこれらは橋梁のように定期的に行っていかなければなりません。
土研はそうした時代の要請を半歩でも先取りし、技術開発、研究を行い、次にすべきこと提案をしていけたらいいと考えています。土研は、そのための技術を提供するための仕事をすべきで、必要とされているものを、タイムリーに提供することが重要で、そのためには現場にある需要をしっかりと把握しなければなりません。
――ニーズに対して応えるということですね
西川 そうです。20年前に独立行政法人になりました。それ以来、土研自らがお願いしている評価委員会、国土交通省の評価委員会、さらにその上に総務省の評価員会と、3段重ねで評価されてきました。来年度は、第4期中長期計画から第5期中長期計画に移行します。どう評価して欲しいのか、研究所の方から提案するように言われたので、論文数を数えることはやめて欲しいと申しました。評価は、論文の数でなく、どのような新しい技術が使えるようになったか、現場で困っていることをどのように解決したかが重要です。今後で言えばDX(デジタルトランスフォーメーション)で、人手をかけずにこれまで以上に優れた管理や設計ができるようになっていたら、それを評価してほしい。論文数ではなくて、それらをどんな技術基準として世に出したか、どれだけ普及させる努力をしたかが評価されたら、我々はそれに沿って力を発揮出来ると思います。
――土研が関わった技術の社会実装の成果を評価するということですね
西川 社会をどれだけ良いほうに変えたか、を評価すると言い換えても良いと思います。
第5次中長期計画 令和4~9年度
3つの柱+DX
――次期中長期計画の展望は
西川 土研全体としては、大きな3つの柱を立てています。①自然災害からいのちと暮らしを守る国土づくりへの貢献、②スマートで持続可能な社会資本の管理、③活力ある魅力的な地域・生活への貢献です。安全でしっかりとインフラが管理されていて、なおかつ住み心地のよい、美しい自然に囲まれた国土にできたら、一番いいと考えています。
そして、全体にかかるものとしてDXの推進があり、すべての課題に共通する環境条件として生産年齢人口の急速な減少があります。3つの柱を実現するための人が減っていくのは避けられない前提条件です。DXのD、すなわちデジタル技術はあくまで道具です。もっとも使いやすいものを使うことが求められます。X、すなわちトランスフォーメーションは、発想の転換で仕事の仕方そのものを変えてしまうことで、飛躍的な生産性向上を目指しています。個人的にはこちらの方が重要と考えています。
生産年齢人口の急速な減少
疲労フリーを目指した鋼橋の設計
3次元FEMを用いた設計による疲労問題の抜本的解決
――そうした柱を踏まえて、来年度から始める橋梁に関係する研究内容について
西川 1つ目は3次元FEMを用いた設計による疲労問題の抜本的解決です。橋梁の長寿命化といえば、疲労と腐食がキーワードです。例えば鋼橋の疲労については、様々な設計指針、基準ができました。しかし、設計計算を行った箇所から疲労で壊れたことはありません。設計計算している箇所からは壊れないのです。
3次元FEMを用いた設計による疲労問題の抜本的解決
疲労損傷は、ほとんどが橋梁構造の活荷重による3次元的な撓み挙動に起因する局部ひずみによって生じます。計算に乗りにくい箇所、具体的には部材と部材のつなぎ目、とりわけ溶接部で起きています。代表的な構造について、3次元解析を行うことで局部ひずみの生じにくい構造詳細を探るか、いっそのこと3次元設計に移行するかの選択肢はありますが、これからの鋼橋を疲労フリーにすべくチャレンジしたいと思います。それができれば、現在、疲労損傷が発生しているものも、その延長線上で効果的な補強工法が提案できるかもしれません。
そうすれば、例えば横桁取付け部垂直補剛材上端部の疲労亀裂について、3次元FEM解析を行うと、荷重分配作用は厚みのあるコンクリート床版によって、全橋に渡って滑らかになされ、横桁による荷重分配と干渉していることがわかります。そのため、桁橋の横桁は、コンクリート床版の硬化後は有害なので撤去すべきだということがわかります。横桁を不要にするかあるいは位置を下げることで、補剛材上端の溶接も不要になります。
診断AI 次期定期点検期間で全国展開へ
新年度から直轄橋梁で試行開始 190の損傷項目が対象
――AIというキーワードが出てきました
西川 診断AIについては、今年度中に試験的に使えるver.1.0の完成を目指しています。橋梁のうち、桁橋など9割程度の部材の診断ができるもので、点検はこれまでどおり人力で行いますが、データを入力すれば、写真付きの点検調書と説明付きの診断書が瞬時に出力されるというものです。3月中は難しいかもしれませんが、来年度の早いうちに現場で使ってみたいと考えています。その後、意見を聞きながら2年かけてブラッシュアップをしていきます。2年後には5年に一度の定期点検が次の段階に移るので、そこから全国展開していくことを目標としています。
――トンネルや舗装などでは
西川 トンネルも舗装も、橋梁の診断AIの手法を理解してくれているので、それぞれ進んで行くと思います。例えば、舗装ではこれまで表面ばかり点検していたのを、路床や地盤が痛んできて、それが舗装の損傷につながっているのではないか、といった舗装が壊れるメカニズムを考えるようになっています。トンネルの場合、損傷の種類は限られますが、同じような感じで動くと思います。ただし、トンネルの場合、施工時の状況が大きく影響するので、少し違ったものになるかもしれません。
――診断AIの進捗状況ですが、ロードマップはわかったのですが、実際にどんな形になるのですか
西川 まだまだやることはたくさんありますが、仕様としては、タブレットに点検する橋のデータ(台帳データと5年前までの点検データ)が入力され、点検箇所が指示されます。そこに、ひとつずつプルダウンメニューによる定型文で点検結果を入力していき、点検箇所の写真を撮影していきます。タブレットのなかでも完結できますが、点検が完了したら、クラウドにアップして、事務所に帰ると写真入りの点検調書、診断書が出力されているというイメージです。それだけでは判断できない場合は、必要な詳細調査や経過観察といった指示が出てきます。結果が出た段階で診断に移行することになります。措置の部分は時間をかけていないので、あまり充実はしていませんが、一般的な工法を損傷段階ごとに選択できるようになっています。補修設計までは行いません。
――昨年、AIは120種類の損傷が対象という話でした
西川 現在は190種類になっています。開始当初は48種類でしたが、コンピューターでは、原因や使用環境が少し違うと診断の仕方や措置の選択が変わってくるので、それぞれ違う損傷として扱う必要があるため、損傷の種類が増えていきました。
190種類の損傷が対象
――システムに教える内容は、メカニズムと点検、診断、措置ということになりますね
西川 まず、メカニズムですが、何が原因でどの部位にどのような形で発生して、どのような段階を経て、最終的な損傷に至るかを、紙芝居のように段階を追って描きます。解明されていなくても、多くの人が考えている仮説で十分です。予防保全を実現するには損傷の初期段階での点検が必要となりますが、絵を描いていると、どのようにすれば検知できるのかなど、点検方法がわかるようになります。診断では、損傷の種類や進行程度によって措置の方法を仕分けするのですが、紙芝居の何ページ目まできているので、このような損傷状態にあり、よってこのような措置が必要、という形で出力します。診断理由として、点検時の写真や計測データなどをその証拠として添えます。これが「説明可能なAI」の種明かしです。
また将来は、知識不足で分からない人のために、損傷についての解説にリンクするようにしていきたいと思っています。