京都サンダー 新井社長インタビュー
人、現場、会社、社会を変える『建設ディレクター』
京都サンダー株式会社
代表取締役
(一般社団法人建設ディレクター協会 理事長)
新井 恭子 氏
中継映像で現場の進捗を把握
個々の条件に応じた新しい働き方につながる
――現場支援での課題は
新井 オフィスから現場を支援するときに、課題になるのは現場が見えないことです。業務の共有=見える化がキーワードだと思いますので、コミュニケーションツールとして映像は非常に役立つものだと考えています。オフィスにいる方に現場の進捗を把握してもらうことや教育、現場での技術の振り返りに使用できます。
――現場の条件面の「厳しさ」は、忙しさだけでなく、時間的距離の遠さという点もあります。あるトンネル工事の現場では、ウェブカメラを活用して現場の進捗状況や品質を発注者が管理していました
新井 当社は昨年、国土交通省の「建設現場の生産性を飛躍的に向上するための革新的技術の導入・活用に関するプロジェクト」に、i-Construction推進コンソーシアムのメンバーとして参画しました。試行対象は三重県の「名張川右岸河道掘削工事」で、当社は定点カメラやウェアラブルカメラを活用した映像技術の担当でした。現場は京都から車で2時間ほどかかるところでしたが、現場データと映像で、1日の土量や進捗率など、工事の動きがすべて遠隔で管理できました。ICTを活用することで時間の削減ができ、広いヤードの管理などの一部の業務をバックオフィスからも行えると思います。
「名張川右岸河道掘削工事」で、定点カメラやウェアラブルカメラを活用した映像技術を担当した
――女性だけでなく男性も育児をすることが普通のことになりつつあります。オフィスから現場を支援するだけでなくて、育児に直面している人たちが在宅で仕事ができるようになると、人材のロスがなくなると思います。そのようなことも含めて、建設ディレクターという新しい職域に期待する効果を教えてください
新井 現場担当者は長時間労働の軽減、施工品質の向上、若手の育成が可能になると思いますし、事務職の方はキャリアップすることでやりがいや達成感が得られるとともに、新しい選択肢が増えると思います。
建設業の雇用創出と新しい働き方につながっていくことにも期待していますし、そのきっかけになればいいと考えています。多くの業界では事務職は会社にいなければならないというのが一般的ですが、建設業ではそれがありません。工事書類や図面、積算もソフトがPCに入っていれば、在宅で仕事ができます。これにより女性の活躍の場が広がりますし、これまで建設業に縁のなかった人に対して多様な働き方を示すことができれば、雇用創出につながっていきます。現在でも、受講者のなかには建設ディレクターとして新規雇用された方がいます。
中小企業では利益管理や人材育成がままならない状況です。その理由は、現場担当者が忙しくて手が回らないことや、現場とオフィスの連携が不十分で書類の受け渡しや管理の概念を共有できていないからだと聞いています。建設ディレクターにはその橋渡しも期待しています。
――いま挙げられた効果は実際に出ていますか
新井 まだ効果の定量化はできていません。取り組みをしている会社に建設ディレクターの効果や労働時間について定点観測をしてもらっていますが、定量化するにはもう少し時間がかかります。
現在、直面している課題は現場技術者の業務の整理と、その業務のどの部分を建設ディレクターに引き渡すかという定義付けです。決定は経営者のトップダウンになると思いますが、業務全体の見直しを含めた改革が必要になりますので、すぐに変わるものではないと考えています。
事前の業務の「仕分け」が死活的に重要になる
会社を変えるブレーンストーミング
――それは御社が定義付けしたほうがいいかもしれないですね
新井 まずは現場技術者のコア業務とノンコア業務を仕分けして、専門性の度合いで並び替えが必要だと思っています。現場業務と書類業務にはそれぞれ専門性が高いもの、低いものがあります。各業務がそのどれにあたるのかを定義すれば、例えば専門性の低い書類業務は現場技術者以外の人に行ってもらうことができます。また、BIM/CIMなどの専門性が高い書類業務で、これまで現場技術者が行ったことのない領域であれば、建設ディレクターが行う可能性もあります。
会社によって業務を担当する部署はそれぞれ違うと思いますが、業務仕分けをすることが重要です。整理をすることで、建設ディレクターに任せられる業務を明確にし、現場とオフィスの連携ができると思います。
――御社のしていることはブレーンストーミングですね
新井 建設ディレクターが継続的にキャリアップしていくと、現場技術者の教育も必要になってくると思います。中堅の現場技術者からは、「この20年間で取り巻く環境が激変して、自分たちが学んだ当時のこととは全く違うことを行っているが、情報のキャッチアップができていない」ということを頻繁に聞きます。建設ディレクターを受け入れるための業務の改善や整理は必要ですが、マネジメント能力やITのキャッチアップを現場技術者にもしていただくのがいいと考えて、現在始めているところです。
――会社の業務整理に貴協会(御社)が携わるべきではないでしょうか。会社には個々の課題があって、杓子定規にひとつの考え方を押し当ててもうまくいきません。一番必要なのは実はこのような考え方だけど、それをその会社にあてはめるためにはどうしたらいいのかを考えるブレーンストーミングを貴協会(御社)が会社のなかに入って手伝うことはできると思います
新井 確かに建設ディレクターは入口で、実際に取り組むことは建設業における業務の整理です。働き方改革や長時間労働上限規制などに対応して、建設業にもっと人が入ってくるような仕組みが必要です。
――先ほどのトップダウンにしても、大手は別にして建設業はトップダウンが多いです。しかし、社長からは言い出しにくいことがたくさんあると思います。そこに、社外から講師が来て、ブレーンストーミングの形で自由に吐き出すと、社長がこれまで聞いたことのないことや会社の課題・問題が出てきます。それらを解決するための助言を適切にして、ITを切り口にしていけば、会社を変えられるような気がするのですが
新井 ツールとしてITは必要です。建設業を見てきて一番感じたのは、現場とオフィスの分断と属人化です。様々な業務について属人化された一人しかわからない状況ではなくて、会社全体で共有していくことが重要です。例えば、工事成績評定など現場担当者だけが背負いこむのではなく、オフィスの方を含めて会社全体で仕上げていく形です。私たちがその支援をできればいいと考えています。
――ITと働き方改革の企業コンサルタントという感じですね
新井 最終的にはそういうことになるかもしれません。私たちはIT支援をするなかで、かなり深いお話も伺っておりますので、経営者のお気持ちも現場の大変さもよく理解しています。また、当社は女性が多いので事務職の方とお話するケースも多くあります。経営者、現場、オフィスがうまくコミュニケーションを取れるようになることで建設業界が良くなると考えています。
――建設ディレクターを導入する社長は基本的には進歩的だと思います
新井 現状を変えたいという思いが伝わってきます。現場監督を信頼し、全てを任せるやり方は建設業界では当たり前なのかもしれませんが、強い信頼関係で成り立っている業界だと思います。
現場業務からのキャリアチェンジにも使える建設ディレクター
技術者が「業務」を手放せるか
――女性を中心とした事務職の従事者が建設ディレクターとして技術者の領域に入れば、成果を得る中でもっと新しいことをやりたいという人が出てくると思います。そこでの現状の限界とそれを打破するのに必要なことは何ですか
新井 建設ディレクター育成講座を受講する方のプロフィールで一番多いのは、事務職からの職域拡大(追加)と配置転換です。次に多いのは、女性技術者の復帰ポジションです。技術者として入社して活躍されていた女性が、出産後に現場に出ようとすると限界があるので、オフィス業務に異動されるために受講されています。現場は難しいけれども、現場業務に携わっていたいという人が多いです。
あとは現場業務からのキャリアチェンジです。これは男女問わずですが、体調を崩してしまい建設ディレクターとして書類業務に専念したいという方もいらっしゃいました。これは私たちの想定外でした。また、ICT推進室を立ち上げているような会社では、若手の育成のために20代の方が受講しています。
もともと現場業務に興味があり、現場技術者として働きたいという方もいらっしゃいますので、技術者への道を進むきっかけにもなります。
課題は、現場担当者が建設ディレクターを受け入れる方法です。繰り返しになりますが、そこが難しいです。現場担当者は責任感の強い方が多いので、自分がやるべき業務であると考えている方も多いです。それは建設業の良いところだと思っていますが、長期的あるいは会社の経営を考えると、建設ディレクターと共有し、任せ、技術者は新しい領域への挑戦や、人材育成を手掛けることがプラスになると考えます。
――技術者に業務を手放させるのはやはり経営判断になると思います
新井 そうですね。経営者の方の考え方しだいです。建設ディレクターについても、講座を受講したいという事務職の方からの問い合わせが何件かありました。そのなかには、社長を説得しなければならない、社長がどう判断するかわからないという方が何名かいましたが、結果的にそのような方が受講するケースは少ないです。お金と時間を出すのは経営者ですので、そこはデリケートなところだと思います。
――ブレーンストーミングには経営者も入っているのですか
新井 入っています。当事者とほかの人が考えていることにはズレがあることや、可視化できていないことに気づかれる社長は多いです。私どもも建設ディレクターを入り口とした地域の中小建設企業支援プロジェクトを推進していきたいと考えています。個社で取り組むのは難しいですし、私たちが各社に出向くことも限界があります。そこで、地域ごとにチームを作って共同で目標をもって取り組んでいただく仕組みを提供したいと考え、現在構築中です。
――コンサルティング事例をまとめることは価値があります。さらに、総労働時間や処遇、受注機会などの変化を定量的に明らかにできたらいいと思います
新井 2020年はまさにそこに向けて動こうとしています。建設ディレクターの取り組みをはじめて3年が経ちました。みなさまのおかげで取り組みは大きく広がっていますが、今年は定着をさせていくこと、効果を定量化することを目指していきたいと考えています。
建設ディレクターを導入された企業様が発注者様にその効果などを伝えていただき、工事成績評価の対象になりつつあるという話も伺っていますし、私たちも国土交通省の方に取り組みについて積極的にお話をさせていただいています。また、シンポジウムも定期的に開催し、全国から経営者の方に集まっていただいて、情報交換をしています。昨年は、建設ディレクターコミュニケーションセンターを開設しました。建設ディレクターが講座受講後に直面する悩みをサポートし、継続的に情報交換や交流ができる場所です。
このような取り組みを通して働き方改革の波に乗って、建設ディレクターの輪を広げることができればいいと考えています。
――ありがとうございました
(2020年4月21日掲載)