京都サンダー 新井社長インタビュー
人、現場、会社、社会を変える『建設ディレクター』
京都サンダー株式会社
代表取締役
(一般社団法人建設ディレクター協会 理事長)
新井 恭子 氏
京都サンダーは2017年1月から、一般社団法人建設ディレクター協会を創設した。現場事務所やオフィスで事務職に従事している従業員が、書類作成などを行えるように教育することで、技術者が現場に向き合う時間を増やすことが目的だ。技術者の働き方改革や工事品質の向上、女性の雇用機会増加による人手不足の解消につながるだけでなく、導入時の教育や、導入効果を上げるためのブレーンストーミングによって、会社の体質を変える効果も期待できることが分かってきた。同協会の代表理事もつとめる新井恭子社長に詳細を聞いた。(井手迫瑞樹)
技術者は現場5割、書類5割の現実
コア業務である現場に従事させるため、事務職がサポートできないか?
――まず建設ディレクターとはどのようなものかを教えてください
新井社長 バックオフィスから現場を支援する新しい職域として創設いたしました。現場経験のない女性や若い方に専門的技術やITスキルを身に付けていただき、現場を理解したうえで、現場担当者とコミュニケーションを取りながら効率的に仕事を行っていきます。
現場では、現場業務が5割、書類業務が5割と書類業務に多くの時間が割かれています。現場担当者は、現場業務では資格を持って従事されていますが、書類業務となると会社にマニュアルがなく、すべて自分自身のノウハウで行っています。主にその書類業務を建設ディレクターが担うことで現場担当者が現場のコア業務に集中できる環境を整えていくことを目的としています。
――なぜ建設ディレクターという職域を考えたのですか
新井 私たちの会社は積算システムの開発からスタートして、原価管理や電子納品などのシステムの販売・サポートといったIT支援がメイン業務となっています。現場のサポートをさせていただくことから、現場担当者が夕方現場から戻ってきた後に書類業務をしなければならず長時間労働になっていること、とくに15年ほど前に電子入札や電子納品が始まった頃は徹夜で作業をしたり、週末に仕事をしていることを見聞きしていました。そこで、私たちがお手伝いできることはないかと考えたのがきっかけです。
――現場には現場代理人、監理技術者、職員、職人がいて、さらに事務方がいます。事務方は基本的に女性が多く、現場の雑務などを行っていますが、この事務方に現場の会計や雑務以外の電子入札や電子納品、積算などの業務を担ってもらえるようにするということですか
新井 そうです。大企業は分業化されていますが、私たちが支援している会社は、現場管理から原価の管理まで現場代理人がすべてされているケースが多く、負担が非常に大きくなっています。現場代理人は、現場のもっとコアな業務に集中するべきだと思いますので、働き方を含めた仕事のやり方を変えたいと思いました。
建設ディレクター導入は経営戦略
09年から技術者向けセミナーを開催
――事務職の人がもともと担当していた仕事に加え、建設ディレクターの仕事も受け持つとなると業務量が増えるように思いますが、スキルアップをしたともいえます。建設ディレクターを導入する会社に対して、その対価が必要であることまで説明しているのですか
新井 経営戦略としての建設ディレクター制度ですので、経営者に判断していただくことですが、処遇とセットだと思っています。ただし、導入にあたってはいくつかの課題はあります。
事務職として総務、経理を担当している方が、現場の支援というこれまでと違った働き方をする。そうすると、これまでの事務を誰が行うのかといったことから、事務職全体の働き方まで変えていかなければなりません。会社として、まず事務職の業務フローや編成そのものを見直していただくことが重要なポイントだと考えています。
また、事務職の方は同じ業務を長く続けていらっしゃる方が多いのですが、処遇やキャリアアップを検討した時、ガイドラインが明確でなく、頭を悩ませる経営者もたくさんいます。そこで、キャリアアップを望むバックオフィス従事者に対しては、違うことに挑戦する機会を作ることが必要となってきます。
私たちがサポートをさせていただいている会社では、積算やCADを普通に行っている方がいます。現場から頼まれてできるようになったのですが、その業務が全体のなかでどのような役割を果たしているのかはよく分かっていませんでした。
現場が長時間労働だから大変だということだけではなく、実際に事務職の女性に力を秘めた方がたくさんいるのを見てきましたので、そのような人の能力を顕在化させたいという思いもあります。
――建設ディレクターは御社の業容拡大にも役立つと考えていますか
新井 当社は創業45年で、私は父親から事業を継承し20年以上この仕事に携わっています。
IT支援などのメイン業務に加えて、2009年からは技術者向けセミナーを開始しました。現場の方にIT情報や技術を提供したいということで、セミナー内容にはかなりこだわりました。その中で現場の声を聞く機会に恵まれました。建設ディレクターの着想もその頃からあったのですが、事業化したのは2017年です。ちょうどi-Constructionをはじめ建設業界を取り巻く環境が大きく変わり始めた時です。
――建設ディレクター協会が、建設ディレクター育成講座を開催することにより御社の売上げは増えているのですか
新井 当社自体では微増しています。新規事業としての建設ディレクター育成講座も着実に売上げを上げています。
建設ディレクターは既に200人 新人研修に活用している会社も
現在は初級編の講座を開催、7月から中級編も導入予定
――現在、建設ディレクターは何人いますか
新井 約200人です。2017年1月から講座を開催して、現在13期講座まで終了しています。京都から始めて、翌年には東京で開催し、今年は4月に岩手、5月に長崎、そして鹿児島、長野などで出張講座を開催する予定になっています。ただ、新型コロナウィルスの影響により、オンライン講習に切り替えて実施しています。
講座の実施風景
全国での講座を開催することにしたのは、受講者が女性約6割、男性約4割と女性が多いからです。講座は子育てや家庭の事情を考えて必ず5時には終了するようにしていますが、京都と東京だけでは宿泊を伴う出張が難しく、受講できない人がたくさんいました。また昨年、佐賀県の建設業協会青年部主催で講座を開催すると、潜在能力を秘められている方がたくさんいました。私たちが全国各地に足を運ぶことによって、そのような方に対しても機会提供ができると考えました。
――男性も多いですね。受講者の内訳は
新井 業種別では土木52%、建築35%、電気13%で、もともと土木の公共性の高い分野から始めたのですが、最近は電気設備関係の受講者も増えています。男女比率を正確に言うと、女性が63%、男性が37%です。年齢別では20代、30代、40代が多くなっています。
もともと建設ディレクターは、事務職としてのキャリアがあり、会社の経営方針として現場と経営をつなぐ役割ということで、中間の年齢層をイメージしていました。しかし、意外と20代、30代の方が多くなっています。新人研修に活用されている他、会社として新しい職域である建設ディレクター新設を見据えてのことでした。
――カリキュラムについて教えてください
新井 初級編、中級編、上級編の設定をしていて、現在開催しているのは初級編です。7月からは中級編を開催する予定で準備を進めています。初級編は1回6時間で全8回、合計48時間の講座となります。
内容は、建設ディレクターの役割や、現場の仕事および工事書類の流れなどから始めて、図面の読み書きや積算、施工管理の考え方などの基本的なことを学びます。PCを使用して書類の作成方法や図面の書き方などの演習も行い、最後には、建設業会計の基礎知識にも触れていきます。
――CADも扱うならば設計技術者や設計補助の分野になりますね
新井 講座では1回だけなので、図面の読み方、書き方といった基礎知識になります。現場の技術者とのコミュニケーションが問題なくできるようにするためです。
事務職の方のなかには、すでに施工契約書や施工体制台帳の一部を現場担当者から依頼されて作成している場合がありますが、それらが工事全体のどこに位置する書類なのかは教えてもらわなければ理解できません。初級編はそのような現場業務全体を理解することに注力したものになっています。
――中級編は
新井 全5回で、利益を意識した工事書類の管理を学びます。ITを活用し、より高度な技術を身につけ、また最新の情報をキャッチアップすることで現場担当者を支えていくことを目指します。
――情報のキャッチアップとは
新井 例えば、i-Constructionも自治体によって取り組みもスピードも違います。
大きな会社では正しい情報をしっかりと得て効果的な取り組みをされていますが、中小企業では日常業務が忙しくて情報を得ることが難しくなっているので、建設ディレクターには情報収集力を身に付けていただき、正しい情報のさまざまな選択肢を会社に運ぶ役割になってもらいたいと考えています。
――それはITに関する情報のキャッチアップということですか。あるいは、道路橋示方書などのさまざまな示方書や技術基準などの改定も含まれていますか。これらの改定内容を当サイトに掲載するとかなりの人が見に来てくれます。時間がないなかで、内容の解説や意図を知ることができるからだと思います。このようなこともキャッチアップするのは大変だと思いますが
新井 業種によって見るところも違いますが、全体で言えば、ITと働き方改革の部分です。
――BIM/CIMも含めてですか
新井 そうです。取り組むかどうかは会社で考えることですが、さまざまな情報をキャッチアップすることは大切だと考えています。