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見たくないものも見る 土研 西川和廣理事長インタビュー

2020年新春インタビュー 平成の橋を回顧し、令和時代に診断AIを目指す

国立研究開発法人土木研究所
理事長

西川 和廣

公開日:2020.01.01

示方書では性能規定化を図ったが……
 1994年には橋梁点検士の資格制度を創設

 ――期待しています。平成13年から24年までの10年間は企画、管理部門にいて暗黒時代だったと話されていましたが、それはどのような意味ですか
 西川 暗黒だったのは、業務として全く橋にふれることができなかったからです。橋梁研究室長の最後の時期には、もっと日本の橋を素晴らしくしたいと考えていました。そうすれば、黙っていても外国から真似しにきます。明石海峡大橋は経済力の勝利だと考えているから真似はしません。もっとセンスや知恵がつまった橋をつくらなければなりません。
 だから性能規定を導入したのです。日本道路公団みたいに先頭を切って進んでいるところの足を引っ張るのではなく、応援できるような道路橋示方書にしたかったので、ほかの方向も認めて、自らが性能を証明することを求めました。しかし、現在は正反対を向いていて、示方書どおりに作ることが是となっているように感じます。
 ――性能規定化を図ったけど、正反対になってしまった。あるエンジニアは、道路橋の諸悪の根源は示方書だという極論を語る人もいます
 西川 私が橋梁研究室長時代、先輩方からは、示方書を薄くしろと言われていました。示方書は標準仕様なので、書きすぎてしまえば縛ることになります。
 ――橋梁調査会では生き生きとしていましたね
 西川 維持管理が専門の橋梁調査会に行ったら、70人いた診断員のレベルアップの必要性を強く感じました。1年目に様子を見ながら考えて、2年目に橋梁診断室をつくって、1年に40回くらい診断会議を行い、各支部にも足を運んだら、1年で格段にレベルがあがりました。
 橋梁点検士の資格制度を立ち上げましたが、点検士の研修は実は94年から始めています。設計活荷重を25tに上げて、一応役目を果たしたのですが、道路局も橋は大丈夫かと心配していたので、きちんと点検をすることになりました。
 ――1994年に資格制度をつくっていたのですか
 西川 しかし、誰が点検をするのかとなり、それではということで研修を始めました。現在はなくなってしまいましたが、舗装が中心の道路保全技術センターに橋梁構造部をつくり、そこが事務局となって管理者側の人間を研修する橋梁点検技術者研修を実施したら、民間からも研修を受けたいという話がたくさんきて、1年間に150人ずつの研修を3回実施するようになりました。3日間の研修で、2日目に必ず現場に行って点検をしてスケッチをすることをやり、実技試験も行いました。それを続けてきたおかげで、20年後5年に一度の定期点検が義務化された時点ですでに9,000人以上が研修を受けていたことになります。その人たちに実務にも携わったという証明があれば、資格を与えるということで、あっという間に約3,000人の資格保持者が生まれました。
 点検者の頭数はなんとか揃ってきましたが、問題はその後の医者(=診断士)がいないことです。そこで、診断士を増やすために、調査会の人間を教育して全国に派遣したらレベルが上がるかなとか、資格制度が必要かもしれないが、教育が難しいかな、と考えているうちに、また橋梁調査会を離れることになりました。あと3年くらいいたら、診断士も資格をつくっていたかもしれません。
 ――現在もないのですか
 西川 私が考えているような総合的な診断ができる診断士の制度はありません。そういう名前のものはたくさんありますが、本当の意味での橋梁の診断はできていないと思います。

AIに自分(や優れた技術者)の知識を全部教えた診断AIを造る
 35歳以下はつくば中央研究所の1割と高齢化していた

 ――そして、土研センターの理事長を経て、土研の理事長になったわけですが
 西川 今、私がやっている2つの仕事があって、1つがAIに自分の知識を全部教えることです。そしてもう一つが、若手が払底している土研を蘇らせることです。後者に関しては、国土交通省自体が採用に苦戦しており、技術者が足りないため、つくばに十分人を配置できなくなってしまっている現状があります。また、本省が使いたい人間は行政や国総研に持っていかれてしまいました。その結果土研は、私が理事長に着任した時、つくばの研究所には150人の研究職がいましたが、35歳以下は1割の15人しかいませんでした。この間退任された森次官も現状を懸念されていました。森さんはいろいろな改革を進めましたが、人事制度だけは専門家が育つようには変えることができませんでした。だから私は言いました。
 ――何を言ったのですか
 西川 人事制度も含めて好きなようにやらせてもらいます、と言いました。すると森さんも「良いですよ。でも(任期の)5年では短いかもしれないね」と仰られましたが。
 ――では、2期10年が必要ですね
 西川 そんな体力はもう残っていません。で、人事改革の一環として、昨年度から国家公務員の資格なしで採用するようにしました。その甲斐あって、今年だけでもつくばと北海道(寒地土木研究所)で10人の新人が入所しました。来年もそれくらい入ってくることを見込んでいます。15人しかいない35歳以下に、20代が5人入ったら雰囲気が明るく変わりました。時間はかかるでしょうが再生への道筋だけは立てたいと考えています。
 ――国家公務員の資格を有していない所員のいうことを本省の有資格者が聞くがどうかですが
 西川 大丈夫だと思います。国土交通省自体も採用に四苦八苦している状況ですから。国家公務員の資格も含め、そうした垣根は人手不足という絶対的な課題の前にいずれ無くなっていくと予感しています。
 できる人が行い、それぞれの能力と性格に見合った仕事をこなしていけばいいと思います。そういうキャリアパスになるでしょう。
 ――さて、AIですが
 西川 我々は診断AIを作っていきます。メンテナンスの司令塔は診断を行うお医者さんだからです。点検者に取得するデータの内容を指示し、措置する人たちに処方箋を書くのはお医者さんの仕事ですから。


診断AIこそが必要

 ただ、橋は損傷の種類がものすごく多彩です。河川とも接しているし、輪荷重による疲労はあるし、塩害など化学的作用もあるし、舗装とつながっている床版は水による影響があるし、橋台などは地滑りが影響したりする。舗装そのものやトンネルの損傷とまるで違います。ドローンを飛ばして、コンクリート表面のひび割れデータを取得しても、それだけでは意味を成しえません。


塩害による損傷例(当サイト既掲載)

塩害による損傷例/鋼桁端部の断面欠損(当サイト既掲載)

鋼桁の腐食/鋼製支承の腐食(当サイト既掲載)

ミル状の錆(井手迫瑞樹撮影)

 橋の損傷種類を1日かけて書き出すたら48種類ありました。本当はもっとあると思います。それを全て発症から症状の進展、最終的な破壊状況を全部明らかにする、明らかになっていないものは仮説を立てる、それをCAESARのみんなに手分けしてやってもらっています。それなくしてはAI自身で独自に判断することはできませんから。これらをエキスパートシステムに全部詰め込んで、点検結果である変状(=症状)がどの損傷のどの段階に当てはまるかを診断でき、その理由を説明できるシステムを作ろうとしています。
 これが発展するには、点検に際しての必要なデータをピンポイントに指示しなくてはいけません。AIだけでは、まだ到底完結せず、依然として人の手がいるわけです。
 タブレットにAIの端末としての機能を持たせ、それに教わりながら、あるいは指示を受けながら点検していくと、過不足なくデータを取得でき、入力漏れの有無をタブレット内のAI端末が確認してくれる。事務所に帰ったら、得られたデータによる点検調書はできていて、自動的に解析して診断した処方箋までできているというイメージで診断AIを作っています。
 ――何だか人間をAIが点検の面で補助するようなイメージですね
 西川 そう。ただ、データが集まってくれば、点検での要求事項、すなわちリクワイアメントがより精緻に定義できるようになり、ドローンなどロボットの開発にも繋がるようになると思います。現在は橋のことを理解していない人がただドローンをとばしているだけだから、お手上げの状況です。床版のクラックパターンの変化やクラック密度の解析を頼んでもできない状況ですから。一方、点群データによる3次元の位置情報が取得されていれば、撮影した写真の位置や方向がわかるから、自動的に点検調書に貼り付けてもらえるようになると思います。

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