平成16年度以降、改訂されていないのは異常な事態
支承便覧改訂の進捗状況を高橋良和教授に聞く
京都大学大学院工学研究科
社会基盤工学専攻 構造材料学分野
教授
高橋 良和 氏
ゴム系の支承でも壊れるという事が明確に
ただし、準拠した便覧の年次を照会する必要あり
――大切畑大橋などですね
高橋 大切畑大橋におけるゴム支承の壊れ方と東日本大震災における高架橋のゴムの切れ方とは違いますが、ゴム系の支承でも壊れるということが明確になりました。それらをどういう形で対応していくかが、また大きな課題です。ただ、大切畑大橋などは平成8年道路橋示方書に準拠していますが、支承便覧は現行より古いもの(平成3年7月版)を採用しています。即ち現在の便覧で製作された支承が壊れているわけではないという意見が多くあり、支承構造そのものについてはすでに対応してきているという雰囲気が,特にメーカーさんを含めて、あるような感じがします。ただ、現状では、品質管理をどのように保証するかを管理側と製造側でどういう形で折り合えるかの議論が一番大きなところだという印象があります。
大切畑大橋(井手迫瑞樹撮影)
大切畑大橋におけるせん断キーがはずれたゴム支承
東日本大震災は、技術者も含めて津波の印象が非常に強いですが、ゴム支承に不具合が出た初めてのケースでもあります。しかも阪神・淡路大震災以降の耐震設計のなかで推奨してきた技術が不具合が起きた、という意味は非常に大きなものを有しています。阪神・淡路大震災以降の耐震基準に対する、大きな見直しがもう一度必要ではないかと感じています。
熊本地震は、比較的新しい橋梁も含めて、振動であるいは振動に起因する地盤の変状も含めて、あれだけ広範囲で多くの橋梁被害が起きた地震であり、阪神・淡路大震災以来の大規模な橋梁被害がありました。そういう意味で熊本地震は橋梁技術者にとって非常に大きな、衝撃的な被害だったのは間違いないですし、それだけ問題意識としては強く持たれています。ただ、支承そのものについて言うと、壊れたところが支承本体ではなくて、取付部のボルト部といった支承便覧のなかでもメインでないところが壊れています。支承と取付部は、現行の便覧ではボルト止めですが、昔は、せん断キーで荷重を受け持つという設計をされていました。壊れたものを見ると、非常に細いボルトが使われているので、現在の設計思想でないタイプのせん断キーを耐力部材として使っている設計の支承が少なくなく、あのような被害が起きた要因の一つなのかなという感じがします。
――今の話ですと、既存の支承に手を入れないとまずいということになりませんか
高橋 まず何を問題として取り扱って、それに対してどう改善していくかということは、考えていかなければなりません。
――そこまで踏み込むと大変なことになる感じがしますが
高橋 私自身は、点検方法にも関わってきますが、一般に新しい基準による部材が耐震性能が高いと考えられるものの、ゴム支承のように耐震性能を上げるために使われていた部材については、年次に関わらず、被害が起き得るという目で見てほしい。全てを最新の基準のものに置き換えることはできないので、点検とセットで対応せざるを得ない。点検にどういう留意点が必要かということを支承便覧に書き込むわけです。
古い支承に対してどのように手を入れるべきか
――管理者が支承交換を選択しやすいようなことを書いたほうがよさそうですね。早く交換すべき支承とか、せん断キーでもっているようなものへの対応の方法など
高橋 いまの道路橋示方書では支承部については取替え可能にすることは前提の構造にする形にしています。問題は、その思想で作られていない支承はたくさんあるので、その対策をどうするかは特に道路管理者にとっては、大きな課題として出ています。
――支承便覧の今次の改訂の要点ですが、具体的に性能検証はどう行うのでしょうか、品質管理試験はどのように行うのか、全数検査の導入はするのか、温度・周期・面圧依存性へのNEXCO試験の導入はやるのか、報告書の様式を統一するのか、たとえば製造工程において各部材のチェックシートをどこまで提出するのか、を教えてください
高橋 最終稿がまだ確定していませんが、できるだけ多くのデータを要求することが基本です。
――温度・周期・面圧依存性の試験導入も全数要求するのですか
高橋 全数というのは基本、一番耐震性能に関わるせん断変形試験とかそういったところです。支承として大事な、とくにゴム支承であればせん断変形はしてもらわないといけないわけなので、ゴム支承のせん断変形をする出荷前の試験にあわせてという形ですが。
――鋼製支承は
高橋 鋼製支承は部品の組合せというイメージがかなりありますが、支承を担当している者からいうと、単純に部品の足し算だけですべてが解明できるほど、単純なものではありません。
九州道木山川橋の鋼製支承損傷状況
木山川橋の損傷事例(本サイト既掲載)
――鋼製支承に関しては主要部材ということですか
高橋 維持管理や耐久性という意味で言うと、鋼製支承の場合、JISに則った材料を使うのだから、それで担保しているというのがいままでの議論です。それに対して、ゴム支承に使うような積層ゴムはJISでは試験法しか規定されていないので、どこかでその性能を担保しなければならず、支承便覧の議論でも、鋼製支承よりもゴム支承が中心的になっています.ただ、実際問題として、支承としての機能で不具合が多いのは、鋼製支承です。議論と被害のアンバランスさが支承便覧のワーキングをしていくなかでも、ずっと引っかかりながら、ただ、ゴム支承のほうが耐震と直結することもあり、そちらの議論が進められてきました。鋼製支承の品質管理を含めた性能について、少し議論をスタートするのが遅かったです。
――鋼製支承の品質管理はJISでやるということですか
高橋 材料に対する品質管理はJISで議論されていることなので、支承便覧のなかで触れることはありません。
NEXCO要領に記載している試験を導入へ
――NEXCOの要領に記載されている試験はなぜ導入することになったのですか
高橋 支承に対して一番厳しい性能を要求しているのがNEXCOで、試験項目の参考にしています。NEXCOや首都高など、要求している性能がちょっと違うところもあり、調整していますが。NEXCOでは、破断試験を少なくとも年に1回、大型試験体で行うことを要求しており、そういう意味で比較的に厳しい要求になっています。
――試験報告書の様式統一はどこまで行うのでしょうか
高橋 ばらばらでは使い勝手が悪いので、できるだけ統一様式をとる予定です。
――製造工程において支承を構成する各部材の工程のチェックシートの提出はどこまでやるのですか
高橋 私個人としては、全てのデータを提出することについては反対なのです。支承の性能は基本、メーカーの責任であり、メーカー固有の技術が反映されています。全てのテータを管理者側がもち、その内容に責任を持つべき話なのか、と疑問も感じています。先ほどの話と関わりますが、鉄筋コンクリート橋脚などと異なり、支承は各メーカーの製品です。
どこを壊すか考える
ゴム支承の限界性能も含めた最新の知見に基づいた設計式を導入
――これも部分計数的なとらえ方でしょうか。ここに技術開発の余地が出てきているのかな、と。
高橋 今回は導入できませんが、単に壊れない支承を作るだけでなく、壊れるのであればどこを壊すかを考えなければなりません。耐力階層化という考え方があります。耐震設計の歴史として、かつては地震がきても壊れないという考え方でしたが、現在は柱に塑性ヒンジをつくり、いかに上手く壊すかという設計思想に変わってきています。その方向性のなかで、支承を壊すのだったら、どこを壊すか。この考え方を採用する時には、例えばボルトや鋼板、支承などをばらつきを含めて耐力を設定し、壊れるのであれば好ましい形で壊すことを要求しようという話が、熊本地震のあとに出ました。しかし、これを一般化するだけのバックデータがないという話になりました。
支承便覧としての今回の一番大きな改訂は、ゴム支承の限界性能も含めた最新の知見に基づいた設計式です。支承便覧の発刊が何度か延期されましたが、設計式については数年前にほぼ確定しており、その後の議論は維持管理や製造に対する品質管理の議論が中心となりました。支承設計の観点では、破断を含む最新の実験にもとづく設計式の改良というところが、一番大きなポイントなので、その成果については一刻も早く使ってもらいたい、と思っています。ただ、部分係数体系化されたなかで、どの程度まで対応できか。改訂作業のなかで、分からないところは実際にはたくさんあるという共通認識ができています。依存性の組合せなど、それらを全て潰していくことはとてもできませんが、部分係数体系化の中で、橋梁の主要な部材としての支承を作るための技術資料にするというのが、大きな課題です。
今回の道路橋示方書の改訂のなかで一番のポイントは、部分係数法もそうですが、それに関連して耐久年数が100年となった。それが支承便覧の中での取扱いとしては非常に大きいですね。
――橋梁の100年はわかります。しかし部材は交換しつつ100年ではないのですか
高橋 しかし、品質管理、維持管理、点検などを全て完璧にできたとすると、設計した部材は100年もつという思想は、支承としても基本は譲れないという要求があります。しかし、実際問題、難しいわけです。設計でどれだけ使うという年数を設定しないと、部分係数は決められません。30年にするか、100年にするかによって、ばらつきが変わってきます。そこの部分が部分計数化のなかで一番大きな議論です。しかも、設計思想としては100年でなくてもいいわけですけど、いまの道路橋を構成する部品として、まずは100年を目指すというのが現状です。
――以前当サイトで行った白戸(真大・国総研橋梁研究室長)さんのインタビューでは、支承などの取替えを前提とする部材は、取替えを前提としたライフサイクルコストで設計するべきだ。100年もたせるやり方もあれば、30年ごとに手を入れるやり方もあり、それで最適なライフサイクルコストを出して、設計していくべきだということでした。支承を100年もたせるというアプローチもあると思いますが、30年ずつもたせるというアプローチでつくるのもあると思いますが
高橋 私もそうするべきだと思っています。しかし、何を標準にするかというのが難しいのです。標準を書かないかぎり、部分係数を設定できません。30年とした場合に、その根拠は何かという話になる。設計体系として、きれいに収めようとするといろいろなところで難しさがでてきます。現実問題として、支承が提供する様々な機能は100年はもっていないものが多い。100年もっていない一番大きなポイントは、支承は橋梁部材の中で唯一、メカニカルに動く機構が要求されている部品です。この世の中で、機械部品を100年間保証しているものはありません。それだから点検するのです。100年の耐久期間といっても管理が完全にできた上での100年という扱いであり、実際、支承部分に水が入ったりすることも避けられないので、点検とあわせて適宜交換するというのが、落としどころになるでしょう。
――それは部分係数を入れるわけですか
高橋 部分係数は当初の100年という形で入れながら、点検とともに行っていくべきだという思想になります。私個人は、橋梁部材の中で、あえて耐久期間を100年と言わない部材として基準化し、風穴を開けようとも思ったのですが。管理などすべてパーフェクトにできたとしても100年持たせられないかというと、それはまた別の話になります。
――うーん、実際に保てるのでしょうか
高橋 新しい示方書の思想を受け、便覧でも100年を標準とする方向で取りまとめることになるでしょう。しかし、それは取替を前提とする形で、不具合が発生していて、性能が発揮できないと判断できるのならば、取替えも含めて管理者がどのように判断するかということになる。ただ、初めから便覧で耐久期間を30年、ということに関しては、抵抗があるようです。
ただ、今回の道路橋示方書でも耐久性を確保するためのシナリオは複数作っていて、鋼材で肉厚を決めるときに考える腐食代(しろ)のようなも考え方があって、ゴムの劣化の話にしても、腐食余裕しろという形で対応しようとするのか、それとも完全に部品交換で対応するのか、いくつかのシナリオは当然用意をしています。
――限界状態設計法では
高橋 限界状態設計法的な話は先ほどの部分係数をどう決めるかの話になってきて、そこは力学的な話でいうと、実験データに基づいて性能をどうのように設定するかという話なので、荷重と変位の関係については、今回もともとそのために実験を実施していたこともあるので、それに基づいて、設定している形です。
――具体的にどのような実験ですか
高橋 荷重と変位の破断試験や圧縮試験もありますが、主にせん断試験です。その係数をどのように設定するかというところです。
――今後の周知方法は
高橋 まずは発刊しないと、ですね。
――いつ出ますか
高橋 早く出してほしい。改定作業を通じ、たくさん課題があることがわかりました。その課題に真剣に取り組むためにも、まずは今の最新の知見を、できるだけ早く社会に使ってもらいたい。また発刊することで一旦議論をリセットでき、新たな課題に検討していけるわけですけど、発刊されない状態だと、今あるものの微修正というかたちを取らざるを得ず、どんどん遅れますし、抜本的な議論をやりにくい。いま、十分に使ってもらえる、新しい知見が取り組まれた、東日本大震災以降の状況もふまえた体系ができていると考えていますので、私としては早く出して欲しいですね。
――使いながら改良していけばいいですしね
高橋 そうです。その時点では完璧なものをつくろうとしているわけですけど、いま完璧といってもなかなか難しいです。ただ、この10数年のなかでつくりあげてきたものはたくさんある。品質管理の問題や性能品質の試験、シートなど、メーカー等にとっては本質的な話なのですが、設計という意味からすると、十分に知見としてそろっている部分があるので、そこは一刻も早く使っていただきたいというのが、とりまとめを担当している私の希望です。
――ありがとうございました
(2018年6月29日掲載)