首都高速道路は、高速道路の構造物の約8割を高架橋形式が占め、その大半で鋼桁形式を採用している。そのため、鋼橋の塗装更新は必須だが、先に発生した作業員の鉛中毒、2度の火災事故などその作業環境の抜本的な変更を迫られていた。それを意識して制定されたのが本日上梓された「鋼橋塗装設計施工要領」だ。首都高の現場に即した塗膜除去方法、安全・安心・環境を意識した水性塗料の採用、コンクリート高欄の長期耐久性を企図した防水塗装の採用など、要領の詳細について、同社の並川賢治技術部長に聞いた。(井手迫瑞樹)
作業員の鉛中毒、2度の火災事故を意識
年間14万㎡の塗替え工事需要に対応
――首都高速道路で新たに制定された鋼橋塗装設計施工要領について、経緯および必要性をお話しください
並川部長 首都高速道路の鋼橋塗装ですが、ここ最近の5年間は、毎年約14万㎡の需要がありました。これは鋼橋塗装としては非常に大きな面積であり、また、今後も多くの鋼橋が塗装の更新期を迎えます。要領制定は、このような塗装塗替え工事の需要を踏まえ、この5年間に首都高速道路で生じた塗装塗替え作業中における作業員の鉛中毒、2度の火災事故を意識したものとなっています。この2つの事象の事故に関しましては、今でも大きな社会的責任を感じています。このような背景から、安全な作業環境と周辺環境の確保、火災事故の防止といった点に主眼を置いて、新たな素地調整方法と塗装材料を採用した「鋼橋塗替塗装要領」を制定するに至りました。
水性塗料 安全かつ環境にも優しい
水性ジンクリッチペイントの開発もメーカーに促す
――今回制定した鋼橋塗装設計施工要領の主な特徴は?
並川 特徴は2つあります。1つは可燃材料を現場から極力排除するために現場塗装に「水性塗料」を採用したことです。もう1つは既存塗膜に含まれる有害物質を飛散させず安全に除去する素地調整を定めたことです。
ローラー塗り
吹付け施工
――水性塗料を採用することのメリットは?
並川 最大のメリットは原液が不燃で引火の恐れが無いことですね。これまで使ってきた有機溶剤ですと消防法の危険物に該当していましたので、現場でまとまった数量を保管することが出来ませんでした。小運搬するしかなかったのですが、水性塗料ですと保管量で苦労することは無くなります。
また、VOCが大きく低減されており、臭気が大幅に少なくなっていることも大きなメリットですね。首都高速道路は都市内に位置しているので住宅地が近い現場もたくさんあります。これまで使ってきた有機溶剤ですと、臭気を周辺にまき散らさないようにすると高架橋の足場の中に臭気が籠って作業環境が悪化しました。しかし、水性塗料であればそのような心配は要りません。
このようなメリットがあることから、建築分野は内外壁塗装において塗装材料の主流は水性に移行しておりまして、それも採用に踏み切る大きな後ろ盾になりました。
――ジンクリッチペイントも含めたオール水性塗料の仕様ですか?
並川 ジンクリッチペイントはその名の通り亜鉛リッチな塗料ですので、防食下地として鋼材面に直接塗布することになるのですが、水を希釈材に使った水性の製品を鋼桁に試したところ、塗膜が乾燥する過程の中で鋼材面に小さな錆がポツポツと出てしまいました。そのため、現段階で使うのは困難と判断し、新要領は従来から使用している有機ジンクリッチペイントを標準材料としています。しかし、現場から可燃性の塗料を排除するため、現在発錆しない水性ジンクリッチペイントの開発を塗料メーカーに促しています。開発は比較的順調に進んでいるため、今年度中に実橋で試験施工したいと思っています。
――水性塗料の要求性能は?
並川 乾燥塗膜は従来の有機溶剤系の塗料と同等の性能を求めています。
なお、独立行政法人土木研究所(当時)と塗料メーカー6社による共同研究では、3年間の実曝試験後も溶剤系と同等の性能を有していたことが確認されています。
――水性塗料は、従来の有機溶剤系に比較して施工が難しいと聞いていますが
並川 水性塗料は水に溶ける樹脂を使っていますので、刷毛への塗料の含浸量や引き延ばし感覚がこれまで使ってきた有機溶剤系の塗料とは異なります。そのため、試験施工の際も違和感から塗りにくいと感じる職人の方が多かったと聞いています。また、特に吹き付け施工では有機溶剤系の塗料よりもダレやすい傾向がありました。しかし、回を追うごとに塗膜品質は明らかに向上しました。
以前、強溶剤タイプの塗料を弱溶剤タイプに切り替えた時も塗り手の不慣れによる一時的な仕上がり品質低下がありましたが、直ぐに解消しています。このような経験を踏まえ、施工が難しいかどうかは、塗り手が水性塗料の扱いに慣れてきた後に評価すべきだと思っています。また、首都高速道路が水性塗料を標準材料として採用することを受け、多くの塗料メーカーが水性塗料の使用性の改良を進めています。作業員の慣れと同様に、今後の材料の進化にも期待しています。