デザインに配慮した筑後川橋・早津江川橋
――特徴ある構造物は
横峯 やはり有明海沿岸道路の筑後川橋と早津江川橋です。筑後川橋は全長1,008㍍の橋梁で陸上部はPC6径間連続中空床版橋(159㍍)、鋼5径間連続非合成箱桁橋(200㍍)、鋼5径間連続非合成箱桁橋(199㍍)で、渡河部は鋼4径間連続中路式アーチ(単弦2連)橋(450㍍)です。早津江川橋は全長854㍍の橋梁で、陸上部がPC4径間連続中空床版橋(96㍍)、PC7径間連結プレテン床版橋(168㍍)、鋼3径間連続非合成箱桁橋(142㍍)で、渡河部が鋼4径間連続中路式アーチ(単弦1連)橋(448㍍)です。
筑後川橋、早津江川橋はほとんど同じ橋長ですがアーチの数は異なっています。両橋については設計検討委員会を立ち上げて議論した上で橋梁形式などを決定しました。デザインコンセプトは各々ありまして、筑後川橋が「デ・レイケ導流堤や昇開橋など筑後の水文化を継承する橋」、早津江川橋が「三重津海軍所跡に馴染む緩やかなラインが美しく見える橋」です。
両橋とも上部工は鋼橋になるので、桁の塗装色も委員会で決定しておりまして、筑後川橋は昇開橋や新田橋など赤い色の橋梁が周辺にあることや、筑後川の河川そのものが少し茶褐色であることを踏まえて、淡い桜色の塗装色にしています。また早津江川橋は周辺に大変緑が多い場所に建設するため緑を基調とした塗装色を採用します。
筑後川・早津江川橋梁の設計検討
もう1つ構造上の特徴としては、アーチの吊材が異なります。筑後川橋は地元の大川組子細工を意識してクロス配置になっていますが、早津江川橋は鉛直の吊材を採用しています。
また、同地は軟弱な地盤であることから、その対策として上部工に軽量な鋼橋を採用しつつ、沈下にも対応できるように設計しています。
風対策の検討も必要でした。風洞実験を行った結果、筑後川橋の強風対策は不要でした。しかし、早津江川橋は曲線橋であり、桁の厚さが3.5㍍と厚いため風の影響を受けやすい構造となっています。そのため橋梁側面にフェアリングを設置し、橋梁が受ける風の乱れを防ぐことで安全性を確保しています。
フェアリングを設置
板組についてはFEM解析により応力の流れを把握し、フィレットを設けることやダイヤフラムを追加するなど板組を工夫することで応力集中を回避しています。
FEM解析
最後に歴史への配慮ということで、筑後川橋はデ・レイケ導流堤に橋脚(P6)を設置する必要があります。デ・レイケ導流堤内に橋脚を収めるコンパクトなデザイン、さらに装飾を避けた表面仕上げとすることで、デ・レイケ導流堤の価値を引き立てるデザインとしました。
早津江川橋は三重津海軍所跡付近において、シンプルな橋梁形式を採用(2連アーチにしない)することで橋梁自体を目立たせないように配慮しています。また、下から見た時に圧迫感がないよう桁高を抑え、なおかつ三重津海軍所跡をロングスパンで飛ばす橋種を採用しています。
早津江川橋のイメージ
P6橋脚をデ・レイケ導流堤に設置
景観をできるだけ変えないように配慮
――デ・レイケ導流堤の対応についてもう少し詳しく
横峯 明治23年にできた長さ6.5㌔、幅5.7㍍(張石部)、全幅11.5㍍(捨石部含む)の石積みの堤です。デ・レイケ導流堤は、河道のほぼ中央部に設置されており、その機能は川幅を狭くすることで流速を速くし、河口付近でのガタ土の堆積を防止することで航路を維持する機能を果たしています。基礎部にはオランダからの導入工法である粗朶沈床(そだちんしょう)と呼ばれる雑木の枝葉を束ねて30㍍×20㍍程度の大きさにしたものを沈めて、軟弱な地盤にも耐えうる構造としているものと考えられています。完成から100年以上経た現在もその役割を果たし当時の姿を残している土木構造物として歴史的、技術的価値の高いものと言えます。
しかし、建設当初の設計図は見つかっておらず、現在までに台風などで損傷を受けた際に石積み補修や一部改良工事が実施されているものの、大きな補修や改修の記録はなく、当時の姿をほぼそのまま残していると考えられており、技術性や歴史性、意匠性が高い反面、内部構造は明らかになっていません。示している図(下図参照)もあくまで他の箇所、例えば木曽川にある同種の導流堤から推定したイメージです。
デ・レイケ導流堤(推定構造図)
そのため、P6橋脚の施工にあたり、まず調査工としてデ・レイケ導流堤の一部を解体し、内部構造を調査、記録します。具体的には、橋脚周辺を鋼矢板によって囲み、ドライ環境にした上で解体・調査を実施します。
P6橋脚の施工
なお、解体後は材料を利活用して、その歴史と技術力を広く一般の方々に知っていただくために筑後川昇開橋展望公園と大川市ふれあいの家に移設して展示することを予定しています。この地域の子供たちは日々、デ・レイケ導流堤のことについて勉強しているということもあり、故郷の教育の観点としても重要と考えました。
鉛直材が必要な2つの理由
無い場合は断面力が約2倍、損傷もP6部材が先行降伏
――アーチの受台部分に鉛直材を配置していますが、これはどのような理由から設けているのですか
横峯 同部分については鉛直材ありと無しの2ケースにて検討を行い、構造的な観点より判断して鉛直材を設けました。
鉛直材を設けた
――その要因とは
横峯 確かにデザイン的にはない方がすっきりします。しかし中路式の単弦の2径間連続バランスドアーチ橋は国内初めての試みであり、 鉛直材の役割を判断するため、3D解析による常時(死荷重時、活荷重時)、地震時(L1・L2)のそれぞれについて性能照査を実施しました。その結果、鉛直材には2つ大きな役割があることがわかりました。1つは鉛直材を付けていないと、アーチリブ分岐部(補剛桁直下)に作用する断面力(正確には曲げモーメント)が約2倍になると言うことです。この断面力は繰り返し作用する活荷重によるものですから当然疲労破壊を考える必要があります。現在、国内の鋼構造物の疲労研究を俯瞰しても、漸く鋼床版の疲労が分かってきた段階で、鋼製橋脚、鋼アーチリブの疲労などについて多くの知見が出ているとは言い難い状況です。
もう1つは、地震が起きた時にどう壊れるか分からなかった点です。限界状態を把握するためプッシュオーバー解析(破壊に至るまで負荷をかけ続ける)を行いました。その結果、明らかになったのが、鉛直材の有無で壊れる箇所の順番が変わるということです。
――具体的にはどういう風に変わるのですか
横峯 鉛直材を設けている場合は、アーチ両端部P5、P7の横支材が最初に降伏し、継いでP5、P7のスプリンギング部(ここではアーチリブの補剛桁より下部分を指す)が降伏します。即ち筑後川河川内のデ・レイケ導流堤直上にあるP6橋脚上のアーチ部材は先行降伏しません。しかし、鉛直材が無い場合は、P6上の横支材が最初に降伏し、次にP6上のスプリンギング部が降伏します。
――なぜ、P6に損傷が集中してしまうのですか
横峯 これは単純にP6橋脚が一番高く、地震時の橋軸直角方向に働く慣性力が大きくなるためです。日本国内はどこにいても地震の可能性があります。大地震が起きた場合、どこを守れば、どこを先行破壊するように設計すれば、震災後の修復がし易いか、またどうすれば疲労損傷が起きにくいか考慮した上で鉛直材を採用しました。我が国らしい、設計検討委員会による高度な技術的判断でした。
製作・架設はCIMを用いてシミュレーション
アーチリブは全て現場溶接
――次に桁の製作・架設について
横峯 まず桁の製作ですが、主に鉛直部材を中心に、通常のアーチ橋とは異なる独自の部分が多く、それを考慮して3DCAD(CIM)を用いてシミュレーションしました。隅角部の板を1枚ずつどういう順番で製作して、添接、溶接していくか画面上で確認して、繰り返し改良を加えました。
――どこが添接で、どこが溶接ということになるのですか
横峯 補剛桁(幅員20㍍、延長は概ね8~10㍍、鋼重20㌧以下)は、橋軸方向の外側が見える部分の継手は溶接を採用します。橋軸直角方向の断面の輪切り部分においては添接を採用します。また、アーチリブは添接部があると景観上見苦しくなるので全て現場溶接で繋ぎます。
――アーチリブを溶接で繋ぐのは景観だけでなく、防食耐久性向上の観点からも意味があると思いますが、反面高い施工技術力を要求されます
横峯 基部は長方形から上部に行くにしたがって台形に形状変化していきます。これは景観上の観点から、太陽の光をできるだけ真正面から受けられるように面を綺麗にしたいというコンセプトがあったためです。アーチリブ1ブロック当たりの延長は10㍍前後(鋼重は20㌧以下)を予定しています。
――アーチはボルトで仮止めした後に仕口を合わせて溶接するのですね
横峯 そうです。筑後川橋・早津江川橋のアーチリブは幸いにして箱桁形式ですから、桁内の縦リブを利用して仮止めして形状を合わせて、溶接した後、仮添接部を開放するという方法になろうかと思います。非常に高い精度管理が必要になると考えています。
――溶接は非常に精密なものが要求されると思いますが、施工時期にそれだけの熟練技能者を用意できますか
横峯 現実的に確保可能な技能者の数を想定し、工程を組んでいます。
隅角部は台船上から架設
補剛桁はP5~P6間のみ送り出し
――架設手順は、また鉛直材の架設はいつ時点で行うのですか
横峯 隅角部(支点部や補剛桁とアーチリブの接続部など)は重いため、陸上から運ぶことはできず、台船で水上から運ぶことになります。そして仮桟橋上の200㌧クローラークレーンで橋脚上に架設していきます。まずスプリンギング部の架設を行い、スプリンギング部の架設が完了した後、鉛直材を架設します。
鉛直材はスプリンギング部を渡す部分の補剛桁架設のベントの役割も果たしてくれます。鉛直材がない場合、スプリンギング部の中央にベントを設ける処理も必要であったわけです。
その後両側に必要なベントを建てて、補剛桁を架設していきます。補剛桁の架設はP6からP7間は水上部にベントが建てられるためクローラークレーン+ベント工法で架設しますが、P5からP6間の補剛桁は航路に配慮しなければならず、ベントを建てる箇所は限られてしまいます。そのため、側径間の桁を先に架設し、その桁上で水上部の桁を地組みし、手延べ桁で送り出す架設方法を採用しました。なおP5からP6間では航路幅を確保するため、ベントのスパンが70㍍以上となる区間がございます。そこでは、補剛桁がスパン中央で160㍉のたわみを生じてしまうため、仕口は上を向いてしまいます。対策としては、ジャッキ高さの調整などを施すことで仕口を調節する手法を用いる予定です。
――仕口の合わせ方というと、最終ブロックで調整する方法がよく使われますが、それではないのですね
横峯 アーチリブはそうした方式になります。
補剛桁の架設時はアーチリブが繋がってなく、支承を固定していない状況ですので、ある程度自由に架設・調整を行えます。ただし、アーチリブは補剛桁が既に繋がった状態で、アーチを閉合しなければいけません。そのため、アーチ両端の補剛桁直上の基部で仕口合わせをするわけです。作業としては、ブロックの長さや形を合わせて溶接するということになろうかと思います。
沈下への対応は僅かな板厚増加で可能
――ますます微妙な精度が要求されるわけですが、そもそも架設地は軟弱地盤であるわけですが……沈下への対応は考慮していますか
横峯 仰るとおりの地盤であるため、弾性沈下量の他、基礎直下の深部の洪積地盤で圧密沈下が発生した場合でも、設計通り上部工を架けられる工夫をしています。設計で想定した沈下量はP6で10㌢程度、これは板厚を2㍉程度厚くすることで許容応力を満足することが出来ます。考えられるリスクを享受しているわけです。
――防食について聞きますが、そもそも筑後川橋の架設位置は汽水域にあるとの理解で良いでしょうか
横峯 同地は干満の差が激しく、汽水域と認識しています。
――では橋脚の乾湿繰返しが行われる部分を中心に特別なコンクリート保護対策は考慮されておられますか
横峯 海岸線からもある程度離れており、特別な対策はしていません。
――筑後川橋・早津江川橋はいわゆる長大・特殊橋であるわけですが、維持管理はどのように行っていきますか
横峯 日常点検・定期点検を行う際の仕様は、詳細設計段階で方針をまとめています。また、橋脚や橋脚上の支承を点検しやすいよう、最も小さい断面となる鉛直材においても1.2㍍角程度の大きさにしており、点検時は鉛直材内の梯子を伝って降りられるようにしています。