疲労による損傷、環境要因による損傷
床版の劣化と最適な対策をなすためには
大阪大学名誉教授
大阪工業大学教授
松井 繁之 氏
条件に応じた対策が大事
「同じレベル」で直すことは合理的ではない
――手法の標準化は難しい、と。
松井 ある程度の標準化は可能でしょう。しかし、NEXCOでも例えば東名と新東名でも環境条件は大きく異なります。走行荷重、寒冷期間など全ての面で異なるため、一つの標準を当てはめることは難しい。ましてや一般国道、地方公共団体の管理する道路とは荷重条件が大きく異なります。例えば地方公共団体が所管する道路橋の大部分は、大きくても4㌧トラック程度しか通らないものがほとんどでしょう。そうした橋梁では基本的に疲労の問題は起きません。そうした橋梁の床版に水が浸透していても大きな輪荷重が通過しないため砂利化現象は起こらないわけです。ところが床版の下に潜りこんで調べてみると、被りコンクリートのはく落が見つかることがある。自然環境による劣化は良く似ているわけです。塩害や凍害による劣化は機関に係わらず同様の傾向があるということです。所与の条件に応じた手法を模索していくことが大事でしょう。
こうした傾向から市町村の橋と国や県の橋、高速道路の橋を同じレベルで直す――疲労による損傷がある道路橋とそうでない道路橋を同じような方法で直すことは合理的とはいえないのではないでしょうか。こうした知見を実際の点検・診断・補修補強設計を行うコンサルタントが知らなくてはいけないと思います。各レベルの環境の違いを念頭においた床版の補修補強、或いは長寿命化計画を考えていく必要があると思います。同様に行政機関もそうした環境面、劣化傾向を無視してただ国の規格に合わせた長寿命化計画の策定、補修補強工法の選定を行い、お金を費やす――ということは許されないと思います。技術者の良心が問われています。
炭素繊維補強材による床版上面からの補強
的確な対策を行うことでより多くの対策が可能に
官民ともに力量が問われる
――ただ、昔に作った橋梁では床版の厚さが現状の標準床版厚さに遠く及ばない厚さ(160~180㍉程度)の床版も少なからず存在しています。そうした床版は環境劣化による影響が覿面に効いてくるのではないでしょうか。またそうした床版は国の求めるレベルまで厚さを引き上げる必要は無いのでしょうか
松井 予防的に修繕していく必要はあると思います。しかし道路橋示方書に記してある版厚まであげる必要はありません。なぜならば交通量が少なく、そんなに余剰なスペックの向上は必要ないからです。後はどのような作用が劣化の主原因になっていたかを確かめ、的確な対策を行えばよいのです。例えば水の影響が主因であれば防水工を設置し水周りを改善するなど、です。床版厚さは多少増やした方が良いでしょうがそれも示方書が求める値の中間――中間をどこに置くかもコンサルタントの力量が問われますが――でよいと思います。なぜならばそうした損傷が起きていたとはいえ、床版厚さが160㍉程度のものでも損傷が見つかるまで数十年間持っていたという事実があるからです。的確な対策を行えばこれからも数十年持つでしょう。無駄なお金を使わなければそうした対策がより多くの橋梁で行うことが出来るわけです。
複合防水工法(左)アクリル系浸透材、(右)アスファルト系防水材
その辺を行政マンも理解しなくてはいけない、力学的なことも工学的なこともあまり勉強していない人が多く、コンサルタントの設計書がきたら全部信じているわけです。費用がなくても何年かに分けて施工する。そうじゃないんです。そんな対策をする必要がない、これだけで良いんだと反論できる技術的識見あるいは経験を積むべきだと思います。
コンサルタントもミニマムな対策とより長期的な保全を見込む対策あるいは国の標準的な対策の両案を示すような報告書が書けるようにならなくてはいけない。そうしたエンジニアリングジャッジができず、ただマニュアルどおりに動くコンサルタントでは困るわけです。