私、6月28日付けで、国土交通省を退官しました。昭和62年の建設省入省以来、色々な場面で皆様方に助けていただき、この度、35年3ヶ月間の公務員生活を終えることができました。この場を借りまして、お礼申し上げます。また、この1年間は、道路構造物ジャーナルネットを活用し、国総研の活動を紹介して参りました。この連載を閉じるにあたり、国総研の技術支援と現場技術力の向上について紹介します。
1.国総研の技術支援
国総研の根幹となる活動として、①国土交通政策の企画・立案、普及を支える研究開発、②災害・事故対応への高度な技術的支援と対策技術の高度化、③地方整備局等の現場技術力の向上を支援、④政策形成の技術的基盤となるデータの収集・分析・管理、社会への還元があります。
このうち、②の技術的支援については、国総研の研究方針で次としています。
○災害・事故対応への高度な技術的支援と対策技術の高度化
・発災直後から研究者を派遣し、二次災害防止や応急対策に関する現場の対応を支援
・原因の究明、復旧・復興計画の検討、対策の実施について技術的に助言
・災害等から得られる知見・教訓を蓄積し、防災・減災対策の高度化研究に反映
・海外における大規模災害に対し、災害対応先進国として技術的に支援
【災害・事故への対応】
災害・事故が発生した場合の国総研の主な活動は、図-1に示す3つの取り組みとなります。
図-1 国総研における災害・事故対応の主な活動
「①被災情報の収集・共有」は、被災情報の収集、被災規模の推定、災害対策本部設置、情報共有を行うものです。災害発生後、本省関係部局、地方整備局等が行う初動時の緊急措置及び応急復旧活動の技術支援を目的として、様々な業務を行います。
「②復旧・復興支援」は、二次災害防止や応急対策に関する現場支援、復旧・復興計画検討、対策実施への技術的助言を行うものです。施設管理者の視点に立った技術的な助言を実施し、緊急点検結果を首長に説明したり、緊急車両等の通行可否の技術的判断等を行います。平成26年4月に発生した熊本地震では、翌平成27年から5年間、現地に研究室を設置し、九州地方整備局の熊本復興事務所が実施する復旧・復興事業への支援を行っています。
「③再発防止策提案」は、被災原因等の調査、結果のアーカイブ作成、再発防止策の検討を行うものです。各災害から学んだ知見・教訓を、防災・減災のための施策展開、技術基盤の拡充に資する成果として蓄積・体系化し、広く共有化する取り組みを継続的に実施しています。また、知見を反映させつつ、防災・減災方策の進化・拡充・推進に資する研究を、成果の施策への反映や現場実装を見据えて実施しています。
国総研が発足した平成13年4月以降の20年間で、国総研職員が現地調査、復旧支援等を行った主な災害・事故をマップに落とすと、図-2となります。連載第2回で紹介した国総研20年史でまとめたものです。赤色で着色した地震、緑色の台風、水色の豪雨と、毎年のように全国各地で発生している災害・事故に対して、現地調査等を実施しています。また、図中に参考文献として記載しているように、災害の概要や特徴的な被害、得られた教訓などについて、他の技術者の参考となるよう、国総研資料としてまとめ、公開しています。近年では、大規模災害の緊急調査について、「土木技術資料」でも速報として掲載しています。
図-2 国総研職員が現地調査等を実施した主な災害・事故
【東日本大震災への対応】
2011年、東日本大震災の発生を受け、国総研は、土木研究所、建築研究所及び港湾空港技術研究所と連携・協力し、発災直後から、緊急災害対策派遣隊(TEC-FORCE)等として、延べ592人日の職員を現地に派遣し、緊急対応の技術支援にあたりました。私自身も、発災翌日の3月12日には、水戸市周辺の茨城県管理橋梁の調査を行い、その後、三陸の道路啓開を待って14日夜から南三陸町等の橋梁調査を行っています。その後も、東北地方整備局からの依頼に基づき、個別橋梁の復旧のための調査を行う他、自主的な被害状況の調査等も実施しています。
国総研では、2013年1月に、これら一連の震災対応と、震災から浮き彫りになった新たな課題に対する研究の方向をとりまとめ、「2011年東日本大震災に対する国土技術政策総合研究所の取り組み-緊急対応及び復旧・復興への技術支援に関する活動記録-、国総研研究報告第52号」として発刊しています。
その後も、東日本大震災を踏まえ着手した調査研究の成果を、現場や施策に反映してきています。それらの内容は、研究資料や論文等の形で逐次公表していますが、全体を系統立て示すことも有意義と考え、東日本大震災に対して国総研が中心となって実施してきた調査研究の全容をとりまとめ、「東日本大震災に対して国土技術政策研究所が行った5年間の調査研究の全記録、国総研調査研究報告第57号」として2016年9月に刊行しました。
図-3は、東日本大震災を契機として国総研が取り組んだ主な調査研究項目を抜き出すと共に、活動内容を類型化し、項目間を矢印や線でつないで調査研究の展開や関係性を図示した「全体俯瞰図」です。この図において、左上端の「地震動の把握・分析」と左下端の「津波襲来把握」を起点に、様々な分野の調査研究が左から右へ展開された状況が示されています。また、これを縦に見ていくと、分野の並びを読み取ることができます。大まかには上から順に、
・土砂災害、ダム、道路構造物、河川構造物(主として堤防)、宅地、各種建築物 <主に地震動による被害>
・下水道施設、都市域全般の被害状況、被災者の住宅確保、空港、港湾施設(含;防波堤)、漂流物、港湾関係 の物流 <地震動と津波による被害>
・公園緑地、海岸保全施設(盛土被覆タイプ、胸壁、護岸)、景観・歴史的市街地等 <主に津波による被害>
という分野を、一連の調査研究がカバーしていることが読み取れます。
図-3 東日本大震災を契機として取り組んだ国総研の調査研究活動
図-3の調査研究活動において、確認された代表的関連パターンを示すと、図-4となります。一連の調査研究の中で、「震災を起こした事象の把握・分析」から始まり、その結果を「被害の実態把握、分析、メカニズム検討/データアーカイブ」として、まず整理しています。そこから得られた知見に基づいて、将来直面するであろう被害や外力を推定するための「危険事象予測、危険度評価手法」、「外力設定法・基準」の開発につなげるとともに、推定される外力に対して、事前の技術的対応により被害を防止・低減するため、「構造物の設計基準」、「新工法・手法の開発」に展開しています。また、事後の早期復旧と復興に資するために、「復旧、復興の手順・計画・フレーム」に向かって調査研究を展開しています。図-3において技術基準やガイドライン等という施策反映が明示的になされたことを示す★マークは、上記の定型的展開の出口部分に多く付いており、調査研究が発展し、多くの研究成果が活用可能となっていることがわかります。また、上記のような流れが明確に認められないものの、防災・減災の拡充につながる「緊急対応、復旧、復旧の実態把握」、「災害事象覚知手法」、「災害対応マネジメント手法」に類型化される調査研究にも取り組んでいます。
図-4 調査研究の代表的な関連パターン
【熊本地震への対応】
2016年4月に発生した熊本地震では、14日21:26頃の前震(マグニチュード6.5)、16日1:25頃の本震(同7.3)で最大震度7を記録し、熊本、大分両県を中心に多数の死傷者や家屋倒壊など甚大な被害が生じました。この一連の地震により、南阿蘇村立野地区の大規模斜面崩落箇所の前面に位置する国道57号や国道325号阿蘇大橋の崩落、県道28号熊本高森線の橋梁やトンネルの被災、九州自動車道を跨ぐ橋梁の落橋など、多くの道路構造物が被災しました。
このような中、熊本市内と阿蘇地域を結ぶ道路ネットワークのうち、県道28号熊本高森線の約10km(西原村小森~南阿蘇村河陰:俵山トンネルルート)及び村道栃の木~立野線の約3km(南阿蘇村河陽~立野:長陽大橋ルート)が大規模災害復興法に基づく、また、国道325号の阿蘇大橋 (阿蘇大橋ルート)が道路法に基づく国の権限代行事業として復旧工事を実施することとなりました。阿蘇大橋地区の大規模斜面崩落についても直轄砂防災害関連緊急事業として国が対策工事を実施することとなりました。大規模災害復興法に基づき国が権限代行で道路の復旧を行うのは、このときが全国初のケースでした。
復旧事業の初年度である2016年度は、九州地方整備局熊本河川国道事務所、立野ダム工事事務所、そして7月1日に同地整内に設置された熊本地震災害対策推進室が、復旧に関する対応にあたりました。このうち熊本地震災害対策推進室には、国総研からも技術統括官及び道路、砂防、河川の各分野の担当として6名が併任され参画しています。技術支援の内容は多岐にわたることから、関連した専門的な知見を有する国総研の道路構造物研究部や土木研究所の構造物メンテナンス研究センター(CAESAR)、地質・地盤研究グループ等の部署が共同して対応しています。この対応にあたっては、道路構造物の被災が大規模かつ特殊であることから高度な技術力が必要とされたため、土工・トンネル・橋梁ごとにそれぞれ研究所等の専門家と行政からなるプロジェクトチーム(PT)を設け、研究所と現場が連携して復旧を迅速に進めるための技術的検討を行いながら復旧工事にあたっています。
翌年の2017年4月には、九州地方整備局熊本復興事務所が災害復旧現場に近い南阿蘇村に新設され、権限代行事業による道路及び砂防に係る復旧工事を一元的に行うこととなりました。これと同時に、国総研も熊本地震復旧対策研究室を、5カ年の時限組織として新たに設置し、同一庁舎にある熊本復興事務所と車の両輪となって早期復興に向けた業務を行うこととしました。国総研の研究室がつくば、横須賀以外である災害復旧現場に設置されたのはこれが初めてです。
復旧研究室設置のねらいは、図-5に示すように、①道路の復旧に関して現地における高度専門技術を要する課題について現地にて速やかな課題解決に取り組み、技術的な側面から早期の復興を支援することと、②復旧事業を通じて得られる技術的な知見を収集して国等の技術基準類へ反映させていくための研究に取り組むことです。この他に、九州に設置されている地域性を活かし、震災復旧以外にも地域の技術力の向上に資する活動にもあたってきました。
図-5 熊本地震復旧対策研究室設置のねらい
国の権限代行による復旧事業の実施箇所および復旧経緯を、図-6に示します。発災から1年4ヶ月後の2017年8月には、長陽大橋ルートの阿蘇長陽大橋及び戸下大橋の応急復旧が完了し供用を再開しました。また、2019年9月には俵山トンネルルートの全線供用再開、2020年10月には大規模斜面崩落箇所の対策完了と国道57号現道部の供用再開、2021年3月には新阿蘇大橋の供用開始となり、熊本地震で被災した国道・県道は全て開通しました。その後、2022年3月に戸下大橋の復旧も完了し、3月末には、九州地方整備局の熊本復興事務所とともに、復旧研究室もその役割を終え、閉じています。
熊本地震の復興事業については、技術的にも高く評価され、多くの表彰を受けています。例えば、橋梁に関する表彰制度である土木学会田中賞においては、平成29年度に阿蘇長陽大橋が作品部門の改築で、令和2年度に新阿蘇大橋が作品部門の新設で、また、令和3年度には大切畑大橋の復旧に関する論文が論文部門で、それぞれ受賞しています。
5年間の復旧研究室の歩みについては、国総研資料第1189号「熊本地震復旧対策研究室55年の歩み-平成28 年熊本地震の災害復旧現場に設置した国総研研究室の活動-」としてとりまとめています。その中では、新阿蘇大橋をはじめとした各橋梁の技術的特徴や、現地ならではの研究活動について紹介しています。この国総研資料は、次で公開しています。http://www.nilim.go.jp/lab/bcg/siryou/tnn/tnn1189.htm
ところで、新阿蘇大橋は熊本地震からの復興のシンボルとして、多くの観光客が訪れています。グーグルマップの新阿蘇大橋には、「クチコミ」として写真とともにコメントが寄せられています。そのクチコミを見ると、現地に設置した案内看板のためか、新阿蘇大橋の技術的な特徴についても理解されていることが伺えます。私自身が関係した橋についてのコメントを時々眺めては、うれしく感じています。多くの橋で、このようなクチコミが広がることを期待しています。
図-6 国の権限代行での復旧事業実施箇所