道路構造物ジャーナルNET

シリーズ「コンクリート構造物の品質確保物語」㊺

「NATMトンネルの覆工コンクリートの新しい養生システムの開発」

横浜国立大学
大学院 都市イノベーション研究院
教授

細田 暁

公開日:2021.09.07

1.トンネル覆工コンクリートの品質と養生

 山地の多い我が国の国土において、山岳トンネルのインフラが社会にもたらすストック効果は極めて大きいことは言うまでもありません。一方で、山岳トンネルの覆工コンクリートに変状が生じると、閉鎖空間であることもあり、点検、補修・補強等には多大な手間がかかります。また、覆工コンクリートからの剥落は、深刻な第三者被害を招きかねません。これからも新設の山岳トンネルは多く計画されており、建設後の長い供用期間中の性能を確保するための適切な設計と、施工時の品質確保が重要であると考えています。
 山岳トンネルの施工法は、現在はNATM工法が主流であり、従来の矢板工法に比べると、覆工コンクリートの全体的な品質は大幅に向上してきていると言えます。しかし、筆者らの調査結果1)、2)において、既設のNATMトンネルの覆工コンクリートにおいては、うき・はく離・はく落や、ひび割れなどの劣化が多数生じているトンネルも存在し、施工時の品質確保が十分に達成されているとは言えないと考えています。
 図-1は、筆者らが東北地整のNATMトンネルの点検結果を分析したもので、筆者らも一緒に取り組んだ品質確保の試行工事が開始され始めた時期以降に建設された10トンネルと、それ以前に施工された7トンネルの比較です3)。対策前の7トンネルを平均すると、施工目地近傍でうき・はく離・はく落が多く、天端付近では15%程度の確率で生じていることが示されています。対策後は、うき・はく離・はく落は顕著に低減している傾向が見られますが、根絶はできておらず、今後も施工時の品質確保が達成されるよう改善を重ねる必要があると考えています。

 覆工コンクリートが供用中に不具合を発生しないためには、施工段階での品質確保が重要です。厚さが数十cm程度で閉鎖空間への打込みは容易ではなく、流動性の高いコンクリートを用いない場合は特に、適切な打込みが重要です。そして、一般的に脱型強度が確保できた段階で脱型することが多く、材齢1日に満たない時点での脱型がなされることが多いので、極めて特殊な施工がなされるコンクリートという認識が必要です。トンネル内の環境は、地理的位置、季節、トンネル延長、坑口からの距離、トンネルの貫通の有無、坑口の風切りの有無、地山からの湧水の状況などの多くの要因の影響を受けます。供用中の覆工コンクリートの耐久性を確保するために必要な養生条件は十分に明らかにされているとは言えませんが、覆工コンクリートの養生の重要性が着目され、様々な技術開発がなされ、実装されてきている状況にあります。
 私自身の考えですが、仮に脱型後に全く養生を行わなかったとしても供用中に十分に耐久性が確保される箇所もあるのかもしれませんが、適切に養生を行うことは全体の品質を底上げすると思っています。部分的に品質が十分でなかったり、極めて厳しい環境にさらされる箇所があったりするかもしれませんが、それらの部分も含めて養生により品質の底上げがなされ、構造物全体としての耐久性確保につながる、と考えています。

2.我が国における覆工コンクリートの養生の現状

 我が国の高速道路会社の規準では、「覆工コンクリートの養生は、給水、水分逸散防止、封緘及び膜養生などで覆工コンクリート表面を 7 日間湿潤状態に保持する方法を標準とする」と表記されています4)。また、東北地方整備局の品質確保の手引き(案)では、「覆工コンクリートの十分な耐久性の確保と必要なコンクリートの緻密性を得るために、適切な養生を行うことが望ましい。」とし、特に坑口部の約20m程度は、凍害環境に置かれる可能性も念頭において、型枠の存置を7日以上行うことを推奨しています3)。このように、覆工コンクリートの養生に対する認識は今後も高まっていくと思われ、より効果的で合理的な養生方法が求められ、養生の効果の検証も重ねられていくと思われます。
 これまで、様々な養生方法が開発され、実装されてきていますが、私はさらなる技術開発の余地があると考えています。例えば、トンネルの断面は現場ごとに異なるので、大規模な架台を伴う養生システムは、個別のトンネルごとに作製している状況にあります。このやり方では、延長の短いトンネルでは採算性に劣ると考えられます。また、養生シートを直接貼り付ける方法もありますが、手間がかかり、大量の廃棄物も発生します。
 本稿では、新たな養生方法を開発し、実際のトンネルの覆工コンクリートに試験的に適用したので、養生によるコンクリートの緻密化の効果を非破壊試験により計測した結果と合わせて説明します。
 大嘉産業株式会社と共同で新しく開発した養生方法は、小径バルーンを組み合わせた構造で、養生シートを覆工コンクリートに押し当てるシステムです。断面形状の変化に追随できることを最大の特徴とするものです。

3.新たに開発した養生システムの概要

 新たに開発した養生システムは、小径のバルーンで組み立てた構造により、養生シートを覆工コンクリートに押し当てるものです。図-2に養生システムのイメージを示しました。緑色の、覆工コンクリートの周方向に配置されるバルーンを養生バルーンと呼んでおり、トンネル軸方向に複数本配置されるバルーンは、構造の剛性や安定性を高めるためのものでサブバルーンと呼んでいます。今回、実構造物で試験的に適用したシステムにおいては、養生バルーン、サブバルーンともに直径は150mmと小径のものを用いました。
 今回の試験施工で使用した養生システムにおいては、養生バルーンの配置間隔は1.5mで、断面形状に追随するための養生バルーンの周方向の長さは28m程度となりました。小径バルーンを用いることは、システムの軽量化のメリットをもたらします。しかし、今回は大断面のトンネルであり、小径バルーンで組み立てた構造の剛性や安定性を確保することが容易ではありませんでした。養生バルーンとサブバルーンの結合方法など、構造のディテールが重要であり、試験施工を重ねながら改善をしていく予定です。
 図-2に示すように、養生バルーンとサブバルーンにより組み立てられた構造の外側に養生シートが配置され、養生シートが覆工コンクリートに適切に押し当てられることで、養生効果が発揮されることを期待しています。今回は、ポリエチレンの材質で、厚さ0.36mm、重量が215g/m2の養生シートを用いました。
 本システムの最大の特徴は、異なる断面形状への追随性を可能としたところにあります。トンネルは構造物ごとに断面形状が異なり、当然に周方向の延長も異なります。本システムにおいては、養生バルーンの長さを自在に変更できるようにしました。養生バルーンには0.1MPa程度(車のタイヤの空気圧の半分程度)の空気を注入することで適切な剛性を持たせていますが、トンネル周方向の長さに対して十分に余裕を持たせた養生バルーンに対して、トンネル断面形状に適した長さを設定し、養生バルーンの両下端部において適切な密閉対策を施すことで、養生バルーン内の空気圧を一定に保つ構造を開発しました。さらに、図-3に示すように、養生バルーンの下端には、ジャッキで高さ調節を行える構造が取り付けられており、養生バルーンの長さ調整と組み合わせることで、様々なトンネル断面形状に追随できる構造を目指しました。

 様々なトンネル断面形状に追随できる性能を持たせたことにより、個別のトンネルごとに製作し、廃棄されてきた従来の工法と異なり、養生システムの再利用が可能になると考えています。また、同一トンネルの中の非常駐車帯の大断面に対しても別の養生システムを準備する必要もなくなる、などのメリットも出てくると考えています。しかし、これらを実現するためには、使用する材料や装置の耐久性や、養生システムの容易な架設方法・移動方法についてのさらなる検討が必要です。現場で使用される過程で技術がブラッシュアップされていくことを期待しています。
 なお、本工法の開発に先立って、東北の復興道路の小槌第一トンネル(施工時名称)において、現場の監理技術者であった故河内正道氏(本連載の第18回にて、河内さんのインタビュー記事が掲載されています。https://www.kozobutsu-hozen-journal.net/series/13435/?spage=1)が考案して適用した養生方法が非常に参考になりました。アイディアマンであった河内さんは、図-4に示すように、農業用シートを10.5mごとの施工目地とその中間に配置した塩化ビニル製の細いパイプを周方向に配置することで固定した、簡易な養生システムを考案されました。この養生システムの設置にはセントルも一部活用していましたが、基本的に手作業でした。しかし、300m程度の短いトンネルであったため、高価なシステムを導入するよりも大幅なコストダウンのメリットがある、とのことでした。また、図-4に見られるように、安価な養生シートはコンクリートに全く密着していませんでしたが、養生シート内の湿度は90%程度以上に保たれ、養生シート内に空気が含まれることにより外部への熱伝達が抑制されて保温効果を持つことが、既往の研究により報告されています5)。私もこのトンネルで様々な勉強を河内さんと一緒にさせていただきましたが、図-4の簡易工法から学んだ知見を念頭に置き、必ずしも養生シートがコンクリートに全面的に密着する必要はなく、シート内部の湿度が保たれるように端部において密閉性が確保されれば十分である、との考え方を新工法の開発においても採用しました。

4. 新養生システムの実構造物への適用

 本稿で述べるような技術システムを開発する場合、実構造物での試験施工がないと本格的な開発が進みません。この工法の場合、小径バルーンが覆工コンクリートの断面にちょうどフィットする必要があり、図面上やトンネルでない空中でいくら検討しても、本当にフィットするかどうかは確認ができません。
 新工法の試験施工を、西松建設の協力を受けて実施しました。本連載の第12回(https://www.kozobutsu-hozen-journal.net/series/13410/?spage=1)でも登場した、私の教え子である八巻大介さんから多くの実践的なアドバイスもいただきながら、ある大断面のトンネルにおいて、開発した養生システムを試験的に適用しました。
 図-5に示すように、3本の養生バルーンを用い、トンネル延長方向に3mの養生システムを、実際のトンネル内で架設しました。長さ10.5mの16 Blockにおいて、15 Block側の端部3mを養生しました。16 Block中の残りの7.5mは品質の比較のため、脱型後に養生を行わない、という措置をしてもらいました。養生バルーンの長さを適切に調整し、養生バルーンとサブバルーンに空気を適切に注入し、図-3に示した、システムの両下端部でのジャッキによる高さ調節を行うことで、図-6に示すように、トンネル天端部を含む各箇所で、養生シートを介して養生バルーンを覆工コンクリートに密着させることができました。養生シートはコンクリートに密着していない箇所もありますが、これは本工法のコンセプトの通りです。
 なお、今回の試験施工においては、養生システムの下部数mの範囲において、養生バルーンと覆工コンクリートの間にわずかな隙間が生じたので、今回の試行においては隙間に詰め物をすることにより、シート内の湿度が保たれる配慮を行いました。実構造物に適用すると様々な課題が生じますが、それらを一つ一つ克服していくことが技術開発というものであると改めて学んでおります。

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