(1)はじめに
昨年10月から連載記事を書き出して今回で第9号となる。また、㈱日本インシークに入社してもうすぐ1年を迎える。この間、地方自治体さんの悩みに応えるべく東奔西走してきた。例えば、構造物ジャーナルNETの現場を巡る(4月27日号)で取り上げて頂いた和歌山県白浜町の車道(歩道)吊橋(写真-1参照)や斜張橋。奈良県国立公園内の歩道吊橋(写真-2参照)。さらには、徳島県の吊橋や斜張橋。これらの橋はその当時の最先端技術を駆使して架けられたものである。如何せん、特殊橋梁であるが故に管理が疎かにされていたことは否めない。限られた予算、人員の中で維持管理をするのは大変である。建設費償還と管理費に通行料収入が充当される本四橋などは最先端技術を導入して「高くてもいいものを造る」という当時の使命感で建設された。管理の時代に突入しても人員は削減されることなく、うらやましい限りの手厚い管理が行われている。私が目指しているのは、不必要なお金をかける管理ではなく、最小費用で最大の効果をもたらす管理である。吊橋や斜張橋の設計・管理のポイントを管理者はもとより、当社の若手技術者に技術継承しているところである。
今回のタイトルは、「吊橋主塔への思い」ということにした。これは、白浜町の吊橋を最初に見た時、新入生の頃を思い出したことによる。
(2)吊橋・斜張橋がライフワーク
本四公団に入社して最初の現場が完成時東洋一の吊橋と言われた「大鳴門橋」。担当した仕事が、吊橋上部工、特に、主塔とケーブルの製作・架設工事。そういう事情もあってか吊橋の主塔、ケーブルに対しての思い入れが非常に強い。それ以降も瀬戸大橋の設計(1982年~)、来島海峡大橋の計画(1988年~)へ続いていく。さらに、海峡横断道路プロジェクト(2000年~)、阪神高速湾岸線西伸部(2007年~)へと続く。今回はこれまでの経験の中で特に印象に残っている事案を2件紹介する。一つ目は、大鳴門橋の塔柱断面とメタルタッチに関するエピソード、二つ目は、来島海峡大橋と多々羅大橋主塔断面と継手構造について、である。
(3)吊橋と主塔、プロポーションの重要性
吊橋の概念は、①橋軸方向の全体系の安定は主塔で支持されたケーブルが担う②橋軸直角方向の安定は、主塔が担う③補剛桁は活荷重・温度変化に抵抗する④補剛桁等の死荷重はケーブルで支持する、というものである。主塔は、ケーブルからの大きな軸圧縮力を受けるとともに活荷重載荷による変位とこれに伴って発生する曲げモーメントに抵抗する。
話は変るが、設計者が長大橋(一般橋でも同様)を計画する時に何を重要視するか。私が重要視しているのは全体のプロポーションである。プロポーションが良ければ景観ばかりでなく構造的にも経済的にも優れたものになっている場合が多い。
新入生の時に教えられたことがある。性別で言えば、吊橋は「女性」。斜張橋は「男性」。吊橋は、優美なケーブル(形状)とスレンダーな主塔(と補剛桁)で「柳に風」的な女性イメージ。一方、斜張橋は主塔・斜材・主桁の三位一体構造で内力・外力に抵抗する男性のイメージ。吊橋の基本構造を決める際、経済性・構造性を議論することを目的として「単位長さ当たりの鋼重(≒コスト)」を求めることがある。例えば、サグ比(支間長とケーブルの垂れ下がり長の比率)をパラメータとしたり、側径間比(側径間長と中央支間長の比率)をパラメータとしたりする(図-1参照)。
この図から、中央支間長500mの吊橋ではサグ比を1/12⇒1/10にすれば全鋼重は多くなることを示す。逆に中央支間長1000m及び1500mの吊橋ではサグ比を1/12⇒1/10にすれば全鋼重は最低ラインを示す。つまり、中央支間長が1000mを超える長大吊橋ではケーブル鋼重の占める割合が大きくなる。このためサグを深くし(主塔を高くし)、ケーブルを細く(ケーブル水平張力を小さく)することが鋼重最小、すなわち経済性を生むことになる。余り細くするとケーブルに二次曲げが入るので要注意。過去には「鉛筆を舐めて」吊橋の基本形状を決めたこともあるが、「プロポーション」は大事である。
(4)主塔の設計と断面形状
主塔は、ケーブルからの鉛直反力、つまり大きな軸圧縮力を受けるので、座屈に対して十分な設計をしなければならない。一般に用いられる鋼製の可撓性塔は、塔基部を固定し塔頂部をケーブルによって水平変位が拘束されたヒンジとして設計する(図-2参照)。つまり、曲げと軸力を受ける柱とみなして設計を行う。
主塔高は、航路が設定されている場合は航路高の確保、サグ比、桁高を考慮して決定される。サグ比は、ほぼ1/9~1/11程度である。主塔断面は、設計上は勿論の事、製作性・施工性・経済性・景観性等により総合的に判断され決定されている。主塔の断面寸法は、設計上あるいは施工上から必要寸法が決定される。
設計上からは、①主塔面内(橋軸直角方向)の座屈荷重が主塔面外(橋軸方向)の座屈荷重より大きいこと、②ケーブル工事用・維持管理用の塔内エレベータの寸法、③塔頂サドルの寸法と基部アンカーボルトの配列が可能なこと、④腹材(斜材)との取り合いが容易なこと、等である。施工上からは、①製作性(ハンドリング)が良いこと、②輸送重量に問題が無いこと、③架設クレーンの能力が現実的であること、等である。
これらの条件を考慮して設計・施工された既設主塔の断面事例を図-3に示す。米国の主要吊橋であるマキナックストレー橋で5ブロック(27セル)、ベラザノナローズ橋で14ブロック(68セル)、ポルトガルの4月25日橋で3ブロック(5セル)、トルコの第一ボスポラス橋で4パネル、日本の関門橋(因島大橋・大鳴門橋・下津井瀬戸大橋・南北備讃瀬戸大橋も同様)で3ブロック(3セル)、来島海峡大橋で1ブロック(モノセル)となっている。大まかに分類すると、Aパターン(米国・ポルトガル・日本の補剛トラス吊橋で複数ブロックを採用。補剛桁は、耐風性で重要となるねじり剛性と重量を付加)、Bパターン(西欧(英国)の箱桁吊橋でパネルを採用)の二通りがある。特に、Bパターンのパネル形式については、英国、フリーマンフォックス社のDr.ブラウンの流線形箱桁を採用した第一セバーン橋、ボスポラス橋に代表される。 以下に既設の吊橋の全景写真と主塔断面をご紹介する。
既設橋の全景写真と主塔断面図を見た率直な感想を述べる。
①関門橋と大鳴門橋
⇒車線数は同じ6車線(但し、大鳴門橋は暫定4車線で供用)であるが、航路高が関門橋の65mに対して大鳴門橋41mと低い。人間の体型でいうならば「蟹股・短足」で純日本風。
②ベラザノナロウズ橋とマキナックストレー橋
⇒いずれも美しい。主塔の腹材がトラス形式でないことにより非常に開放感がある。また、多室セル構造として重厚感を醸し出しているベラザノナロウズ橋に対して少数セル構造としてスッキリ感を出している。中間腹材が無いベラザノナロウズ橋は、橋軸直角面内の剛性(せん断)を高くするために多室セル構造とされているのであろう。
③セバーン橋と第一ボスポラス橋
⇒どちらも補剛桁に流線形箱桁を採用している。主塔は、4枚のパネルで構成されており非常にシンプルである。また、主塔の水平継手は引張ボルト接合としており、外面にボルト添接が無く、主塔外面足場を不要としている。