シリーズ「コンクリート構造物の品質確保物語」⑩
「コンクリート構造物の表層品質評価法-表面吸水試験や表層透気試験の活用方法と留意点-」
横浜国立大学
大学院 都市イノベーション研究院
助教
小松 怜史 氏
共著
横浜国立大学
大学院 都市イノベーション研究院
准教授
細田 暁 氏
1. 歴史的な構造物の品質へのこだわり
高耐久コンクリートの代表選手は、廣井勇博士が手掛けた小樽港のコンクリートであろう。廣井博士は著書の中で、「ブロックに用いるコンクリートは、その強度よりは密度に重点をおいて、海水にたいして不透性であるようにすべきであって、各工事においては、そのつもりで用材の質を検査し、工事に適切な配合と処理法を講じなければならない。」と述べている1) 。寒冷地で荒波の作用する過酷な環境での供用にもかかわらず、100年を超えた今でも小樽港のコンクリートが現役で活躍していることが、密度を確保したコンクリート、言い換えれば緻密なコンクリートが重要であることの何よりの証拠である。
第一著者がコンクリート構造物の表層品質の評価に初めて携わった構造物である第一大戸川橋梁(1954年竣工)も50年超えの代表選手である。第一大戸川橋梁はスパン30㍍のポストテンション式PC鉄道橋で、このような長スパンのPC橋の架設に取り組むのは日本では初めてだった。そのため当時の国鉄大阪工事事務所次長であった仁杉巌博士(後の国鉄総裁)らによって、設計、施工について入念な事前検討が行われた2) 。2007年4月に行われた土木学会335委員会(第一期)の調査に、当時学部4年(研究室配属後、約1か月)であった第一著者も同行することができた。調査の結果、非常に高い表層品質を有することが分かっている3) 。その理由の一つとして,脱型直後から濡れむしろ(図-1)で7日間湿潤養生していることが挙げられる。当時は十分理解できていなかったが、仁杉博士らが死力を尽くし、綿密に計画した上で丁寧に施工し,養生した最高クラスの品質を誇るコンクリートを間近で見ることができたのは非常に貴重な経験であった、と今、感謝している。
このように、コンクリート構造物表層を緻密につくることでコンクリート構造物の長寿命化が可能となる。何も特別なことをしたわけではなく、仁杉博士曰く「理論通りやった」だけである3) 。
コンクリートの表層品質の計測技術に関する研究が進んできたことで、完成した表層コンクリートの緻密さを定量的に評価することも可能となってきた。その結果、発注者が表層コンクリートの緻密さの重要性を理解し、施工者が表層コンクリートの緻密性を向上させるため、様々な工夫を施す動きが始まってきた。特に養生への意識が高まってきていると言える。2015年12月に東北地整から通知されたコンクリート構造物の品質確保の手引き(橋脚、橋台、函渠、擁壁編)の中に、日本で実際に運用される規準類では初めて、コンクリートの緻密さの目安となる定量的な値が示されることになった。
2. 表層コンクリートの品質を評価する手法
表層品質の評価手法については古くから多くの研究が重ねられてきており、現在も新たな手法も含めて研究はさらに活発になってきていると言える。ここでは、東北地整の手引きにおいて活用されている、表面吸水試験(SWAT)4)(写真1)と表層透気試験(トレント法)5) (写真2)の2つを紹介する。どちらも計測自体は非常に簡便であるが、計測器の特性を理解して品質評価に使用することが重要である。
2.1 表面吸水試験
コンクリート構造物の表層品質を簡便的に評価することは、スポイト等でコンクリート壁面に水をかけ、水の吸収の仕方や滴のしたたり具合、乾き方等を観察することで定性的には可能である。実構造物で吸水抵抗性を定量的に評価できないかと考えたのが、第二著者らが本装置の開発を志したきっかけである。
表面吸水試験(SWAT: Surface Water Absorption Test)は、円筒状のシリンダーがついた吸水カップをコンクリート表面に密着させ、吸水カップに水を満たした直後からシリンダー内の水位の変化を時々刻々読み取ることで、表層コンクリートの吸水速度を算出し評価する手法である。計測対象のコンクリートに空隙が多い場合、吸水量が多くなり、水位の低下が大きくなる。吸水カップの内径が小さすぎると、粗骨材の有無等による品質の位置による差異に敏感になり過ぎるため、80㍉とした。なお、80㍉という値は、SWATとほぼ同様の計測原理であるISATの試験方法についてのBSでの規格6) も満たしたものである。評価指標には、Levittの提案7)を参考に、計測開始(注水開始から10秒後)から600秒後のコンクリートの吸水速度p600(ml/m2/s)を用いている(表-1)。鉛直壁面(90度),スラブ上面(0度),スラブ下面(180度)の様々な角度で試験をしても、測定結果に影響を及ぼすことはないことが分かっている8) 。
SWATの評価指標であるp600と物質移動抵抗性との相関も、これまでの研究成果から明らかになっている。たとえば、p600と長期の浸漬試験から得られた水の限界浸潤深さにはセメント種類によらず高い相関があることが分かっている(図-2)。養生の効果を示しているデータもある(図-3)。
SWATについては、コンクリートの吸水挙動をより正確に計測するための技術開発や、計測結果の自動処理プログラムの開発なども重ねられている。
これまでシリンダー内の水位低下から表層コンクリートの吸水速度への換算は、計測開始から600秒間の水位変化のデータ取得後に表計算ソフト等を使い、ノイズ(吸水現象とは考えにくい水位の急激な上下)を除いて行っていた。現在は水位の計測データから自動的にノイズを処理するアルゴリズムを開発し、時々刻々計測される水位の変化から、リアルタイムに表層コンクリートの吸水速度を算出するソフトウェアに搭載した。筆者らはすでにこのソフトウェアを用いて構造物での計測を行っており、既存のユーザーへの配布も開始されている(図-4)。
また、SWAT測定中に吸水カップをコンクリート面に固定するためのフレームが変形することによる計測誤差があることを把握していたが、その改良も行った。前述の写真1に示したものは、改良を施したシステムである。従来のシステム(図-5)においては、フレームの剛性が小さかったこと、吸水カップのゴムパッキンが計測中に変形したことが主たる原因である。たとえば、品質のよいコンクリートにこれまでのSWAT(フレームの剛性が小さく、パッキンも変形しやすい)を適用した場合、フレームが吸水カップを押すように変形することで、見かけ上シリンダー内の水位が上昇(コンクリートの品質が良い側に評価)する現象が確認された(図-5:透水型枠を使用したコンクリート構造物における計測例:新フレームではp600=0.00[ml/m2/s]⇔旧フレームではp600=0.04[ml/m2/s])。本来の品質よりも過大評価することにつながる現象であるが、計測誤差に近い範囲の影響であると考えており、これまでに蓄積された研究成果は十分に活用できるものと考えている。新しいシステムでは、フレームの変形に起因するシリンダー内の水位の変動はほとんど生じないことを確認している。今後は、既存のユーザーにも新しいシステムを使っていただけるよう、具体的な対応を検討しているところである。
図-5 フレームの違いが評価値(p600)に及ぼす影響の確認の様子
使用上の注意点として、SWAT の計測に使用する水温と、吸水カップ・シリンダ等の水の触れる機材の温度が大きく異なると、計測結果に影響を及ぼすことが分かっている。水温が試験装置の温度よりも著しく高い場合は、吸水カップやシリンダーなどの試験機材が膨張して水頭が下がり、水温が著しく低い場合は、注水後から機材が収縮して水頭が上がる8) 。あらかじめ汲置きした水を計測に用い、本計測を行う前に吸水カップに水を注入して、水とSWAT機材の温度を同程度にしておくのが良い。