前回は市街地、田園地域に架ける橋梁の形式選定について、材料と形式別の工事費に関する分析結果を基に行政技術者に求められる責務に関して自論を中心に話を進めてみた。一般的な環境に架けられる橋梁ぐらい発注者が自前で形式選定すべき、との内容を読まれた行政技術者の方々はどのように感じられたのであろうか?数多くの橋梁形式の選定から決定まで関与されているコンサルタントの専門技術者からは、『コンサルタント技術者の不甲斐なさを指摘されたように感じた』との反応はあったが、行政関係の技術者からの反応は薄く『管理者サイドからの大きな怒り』の反響を期待して執筆したのに『やはり駄目か、とどかないか』と憂いている。
はじめに
前回の話題提供のきっかけは、私が丘陵地にある公園の入り口に位置する人道橋、道路を跨ぐ橋梁の形式選定に関与した時の苦い経験にある。人道橋の設計を担当したコンサルタントの技術者が説明する橋梁形式選定結果とそこに至る経緯の報告に対し、私は『基本設計の段階での形式選定における提案に全く夢がない。公園に行って楽しいひと時を過ごそうと可愛い子供の手を引く親が入口に架かる橋を見て「ハッ」とするような提案できないのですか?標準図集で事足りる単純な橋を提案してもらうために委託を出した訳ではない。貴方が提案する橋に設計者としての自分の名前を刻めますか』と話した。
その時の返答が、『公園の付属物として位置づけられる橋で委託金額も安価で、過去の同様な案件でもこの程度の考えで発注者の了解を得ているのでこれで良いのかと・・・これでは駄目ですか?』当然委託業者に再検討を促した苦い経験から前回の話題提供となった訳である。再検討を指示した結果がどのような橋梁の形式となり、私の意図が相手に伝わり好ましい結果となったかは読者の推測に任せるが、設計委託期間が2か月延び、種々な議論を担当する若手行政技術者とコンサルタントの担当者と交わしたことは大きな成果となった。橋は種々な機能を要求され、多くの人々に使われることになる。新たな橋を架けるために設計委託を発注する行政側の技術者とそれを受託したコンサルタント側の技術者両者が、橋を渡り、見上げる人々の視点にたって橋を計画・設計することが必要である。大きな川や海峡などを渡る長大橋を設計することは稀である。常に観光資源に関わるような橋の設計や架設に携わることも稀である。そのような橋に関与できることは夢であり、現実ではない。数多くの中小橋梁を渡る人に「夢」を提供するのが、提供し続けるのが橋に関係する技術者の本来の姿ではないだろうか?
「なーんだ、ただの橋か」ではなく、「橋の規模は小粒だけど、何か魅力を感じる橋にしよう」と、「ディテールまで工夫するぞ、見る人が見ればこの良さが分かるはず」と考えるのが専門技術者と言える。橋の形式と材質、使われている技術等に自分の持てる知識を最大限投入するのが技術者のあるべき姿で、これこそ技術者冥利に尽きるのではと思うが。
私が出会った「技術者魂」を感じた橋、紹介する技術が高度で良いと判断するか悪いと判断するかは議論が分かれると思うが、東京オリンピック開催の2年前、1962年(昭和37年)に架設された鋼I桁橋である。橋長37.2㍍、幅員20.7㍍の単に都市内の中小河川を跨ぎ、両岸には散策する遊歩道もなく、工場地帯にある何の変哲もないただの道路橋である。橋梁の定期点検策定のための基礎点検を開始して直ぐ、『パラペットが主桁端部に接触している、このまま放置すると桁が変形しそうだ』との現場からの報告。初めてこの奇妙な構造の橋に対面した訳である。構造形式は、SM50A材を使った鋼単純合成鉄筋コンクリート床版橋であるが、鋼主桁をPC鋼材で緊張することによって鋼材使用量が161.6kg/㎡と単純合成I桁橋の単位面積当たり鋼材重量180kg/㎡(デザインデータブックより)と比較して約10%縮減した橋である。初めて当該橋を目にした時は、「新たな技術にチャレンジし、他にない橋を架けるぞ!」の意欲が橋から伝わり、持てる技術によって思考錯誤しながら鋼材をPC鋼材で緊張する方法を考案した技術者魂に溢れる魅力的な橋と心を打たれた。今でこそ、鋼桁をPC鋼材で緊張する工法を目にするが、当時が行政技術者設計直営時代とは言え、担当技術者の優れた想像力と技術力で提案され、職場内で大いに議論した結果生まれた貴重な橋であった思う。外観に凝った橋が優れている訳ではなく、どこかに「魂、心」を持つ橋を架けることが技術者冥利であり、専門技術者となることに「誇り」を感じる結果を導くことになる。
その後当該橋はどうなかったと言うと、架け替えるなんぞはとんでもない、橋台移動の主原因となっていた土圧の軽減を目的に橋台背面に鋼矢板を打設、背面盛土材の軽量化を行った。さらに、PC鋼材の一部破断が確認されたことから主桁及び床版の再計算を実施、支承の一部改良等を行い、安全性を向上させたのは言うまでもない。私が常々口にする「技術者に必要なのは①技術力、②想像力、③倫理観である。」の中の二つ、①技術力、②想像力の原点がここに示した事例にある。