【共同執筆者】
横浜国立大学 大学院 都市イノベーション研究院
准教授
細田 暁 氏
徳山工業高等専門学校
副校長 土木建築工学科 教授
田村 隆弘 氏
1. ひび割れによる不機嫌な現場と実構造物での試験施工への経緯
平成13年に国土交通省が発出した通達「土木コンクリート構造物の品質確保について(国官技第61号、平成13年3月29日)」を受けて、国だけでなく全国の都道府県や市町村などがひび割れの調査及び記録を施工者に義務付けるようになり、山口県においても同様な義務付けが開始された。また、山口県は成績評定制度の試行を平成14年度に行い、平成15年度から本格導入した。これにより、コンクリート構造物にひび割れが発生した場合、従来よりも厳しい評価が行われることになった。
これらの状況の変化を受けて、コンクリート構造物のひび割れは、施工における代表的なトラブル、困りごととなり、ひび割れの責任の所在について施工者と発注者の認識が対立することが多くなった。「不機嫌な」現場が多くなってしまったのである。ひび割れに関わる問題は、建設業者にとってコスト管理や工程管理に大きな負荷を生じさせるため、発注者に対する不満と不信が顕在化したと考えられる。発注者は、工事の発注に当って仕様を示し、施工中に監督し、引き取る前に検査するという役割を持ち、それぞれを適正かつ迅速に遂行する能力を求められている。しかしながら、建設業界から「監督職員が、なかなか現場に来てくれない。」との不満が聞こえてくるほど、山口県では発注者が必要な役割を果たせない状況に至っていたのである。
徳山工業高等専門学校(以下、「徳山高専」)の土木建築工学科の田村教授(当時は助教授)は、主に山口県内の建設会社や生コンクリート会社をはじめ建設関連企業の技術者が参加する私的な勉強会「コンクリートよろず研究会」を運営していたが、勉強会の活動を外部に向けて発表したいと考え、会員にそのテーマを相談したところ、全員の総意でひび割れに決まった。その研究成果を発表する講習会を平成16年11月に徳山高専で開催したところ、県内から多くの聴講者が集まった。このことからも、県内でコンクリート構造物のひび割れによるトラブルが切実な問題となっていたことがわかる。
第一著者の二宮は、平成15年に山口土木建築事務所に赴任し、県道山口宇部線の延長14kmの建設工事を担当した。この道路は自動車専用道路であるため、平面線形・縦断線形ともに出来るだけ直線化する必要があり、また既存の道路に接続せず立体交差させることから、橋梁やボックスカルバートなどの構造物が多いという特徴があった。赴任当時は、橋梁下部工やボックスカルバートの建設工事が最盛期であったが、橋台のたて壁・胸壁や、ボックスカルバートの側壁などに鉛直方向の貫通ひび割れが多く発生していた。平成16年の「コンクリートよろず研究会」講習会を聴講したことを契機に、「産・学」のメンバーで活動していた勉強会に初めて「官」が参加し、ひび割れに関する問題について「産・学・官」で多くの議論を交わせるようになった。
また、この勉強会の講習会と同時期に、二宮は山口宇部線の工事を受注している市内の建設会社の幹部から「ひび割れは施工者にとって過大な負担になっている。我々だけで解決できる問題ではなく、発注者も解決に乗り出してほしい。このことはすでに2年間、県の建設団体から県に要望しているが、何も変わらない。何とかならないだろうか。」と相談を受けた。このことにより、それまで担当している山口宇部線で頻発しているひび割れしか見ていなかった二宮が、県内全体に広がった課題になっていることをようやく認識できた。
ひび割れ問題への取組みには、大きな2つの障壁があった
この時点では、施工者からは具体的な解決策は示されておらず、県としても解決への具体的な道筋はなかった。ひび割れ問題への取組みには、大きな2つの障壁があった。ひび割れの原因を設計・材料・施工の要素に分離して責任の所在を明確にすることが容易でないこと、および、ひび割れを減少させる確実かつ安価な対策方法が把握できていないことである。このうち後者の対策方法については、数値解析により効果を予測することはできるものの、数値解析の結果と実際の構造物での結果が一致しない場合もあり、実構造物での検証が欠かせないと考えた。当時の山口宇部線はコンクリート構造物工事の最盛期を迎えていて、形状や寸法がよく似た構造物が多く、様々な対策方法を類似の形状・寸法の構造物に施すことで、精度の高い比較を行えると考え、実構造物を使用した試験施工を立案し、所属事務所・県庁所管課の実施についての協議・同意、施工・生コンクリート団体への協力要請・了承を経て、山口宇部線をフィールドにした実構造物による試験施工を平成17年に実施することになった。この実構造物での試験施工が大きな転換点となる。