道路構造物ジャーナルNET

アーチ支柱も独特な角度を有し、架設も工夫を凝らす

天龍峡大橋(仮称)の現場を歩く――景観阻害を避けた扁平な鋼アーチ橋――

公開日:2019.01.16

 東京から豊橋まで新幹線で1時間半、さらに天竜川沿いを走る飯田線特急にて2時間15分、現在上部工の架設までを終えた三遠南信自動車道飯喬道路の天竜川を渡河する天龍峡大橋(仮称)までの時間的距離は、殊の外長い。しかし飯田線の車窓から見る天竜川の流れと紅葉は、見ていて飽きない美しさだ。江戸時代、この流域は木材の一大産地として名を馳せた。豪商角倉了以が江戸時代初期に水運を開き、江戸や上方に都合する木材を供出する道を開いたためだ。江戸幕府は、同地を保護するため奉行を置いた。一方で天竜川は暴れ川としても名高く、近世に至っても数度の大水害――時には飯田盆地が湖のようになるほどの――を招いている。そうした激しい水は河成段丘を発達させ、急峻で荒々しく、かつ風光明媚な景観を形作っている。天龍峡を起点とする天竜川の舟下りは地域を賑わせる。天龍峡大橋(仮称)は、その中でも名勝として知られる「天龍峡」にかかる橋長280m、アーチ支間210mの鋼上路式アーチ橋である。現場を取材した。(井手迫瑞樹)

 橋梁形式の選定
 形式選定に当たっては①景観を損なわない、②架橋に伴う地形改変を極力避ける、③動植物の保全・復旧に最大限努力する――ことなどを基本コンセプトとした。それに従い、現場の峡谷地形への収まり、背後の空の見え方を阻害しない構造――などを反映し、「鋼上路式アーチ橋」を選定した。

 現場に行くと、その「扁平」ぶりが際立つ。アーチ支間210mに比べ、アーチライズはわずか19mしかなく、ライズ比は11.0に達する。このような扁平な形式となったのは、コンセプト通り天龍峡の景観を極力阻害しないように努めたため。具体的には右岸側のアーチ拱台(AA1)について地形改変が最小となる斜面頂部付近に設置し、左岸側のアーチ拱台(AA2)は急勾配と直下のJR飯田線に影響しない箇所への設置が求められたためだ。なるほど、桁下クリアランスも60mほどあり、圧迫感を感じない。


側面図(パシフィックコンサルタンツ提供)

実際の天龍峡大橋(仮称) 11月下旬撮影(パシフィックコンサルタンツ提供)

 よく見ると扁平だけでなく、曲線もかなり入っている。近くにインターチェンジ(天龍峡IC)が配されているため、平面線形はR=1700、縦断線形もA2→A1(左岸から右岸)に向かって3.84%の下り勾配となっている。それでいてアーチリブは「架設時の閉合作業を考慮して」(パシフィックコンサルタンツ)線対称に設計している。左右線対称系のバスケットハンドル形状を採用し、曲線や縦断へは、線形が外に膨らむ下流側の支柱に一定の角度をつける(上流側は鉛直)ことで対応した。そのため補剛桁直下に配置している上流側アーチリブに下流側が合わせる形の線対称となっており、アーチリブは独特の傾きとなっている。


平面図(パシフィックコンサルタンツ提供)

曲線がわかる 左(パシフィックコンサルタンツ提供)、右(井手迫瑞樹撮影)

 補剛桁は、道路線形に沿って曲線に配置するが、下図のようにPCaPC床版を含めた曲線の橋面の重心とアーチの重心がアーチクラウン部で同じライン上に位置するようにし、左右のアーチリブが荷重を均等に支持できるようにした。重心を保つことで無駄な部材を省き、支柱、下横構とも疎な構造とすることができ、部材厚もアーチリブで桁高2500mm、補剛桁で同2100mm、支柱で同1500mmとスレンダーにすることができた。

構造解析
 同橋は、2本のアーチの主構間隔がアーチ基部からクラウン部へ向けて15.8m~6.6mまで変化するバスケットハンドル型の特殊アーチで、加えて支柱間の対傾構も省略している(右写真)。そのため、完成系に対する面内、面外における線形座屈固有値解析により有効座屈長を算出し、アーチリブ各断面照査に用いる許容応力度の低減を行っている。アーチリブ、補剛桁の主要部材は,概ね常時にて板厚が決定されており、最大板厚はアーチ基部で53mm(SM570)である。
 さらに耐震解析として、3次元ファイバーモデルを利用した動的解析を採用した。同橋は大規模でかつ曲線の線形を有することや、不静定次数が極めて高く地震時の挙動が複雑であるためだ。3次元ファイバーモデルによる動的解析では断面に作用する軸力変動や2軸曲げ、幾何学的非線形を適切に評価できると判断した。断面照査はひずみ照査を基本として、2次照査としてコントロール部位にてファイバー要素の断面力を集計した応力度レベルの照査についても実施した。


解析モデル概要図(パシフィックコンサルタンツ提供)

面内座屈モード図/面外座屈モード図(パシフィックコンサルタンツ提供)

 基本思想として「L2地震時でもアーチリブ、補剛桁、支柱、横支材、下横構などの上部工部材全てで降伏を許さない」(同上)設計とした。一方で前述のように支柱などを疎にして揺れやすくすることで、固有周期の長周期化(ここでは1.3秒)を図り、構造全体で地震力を受け止めることで、局部に応力がかかりにくくするよう工夫している。

構造細目・景観
 天龍峡大橋(仮称)は、補剛桁間の中央に観光および点検に資する幅員2m、高さ2.5mの歩道を設置している。記者が取材した12月初旬はいまだ鋼床版がむき出しであったが、ここに板や舗装を設置し、観光客が通行することで直下の風景を愛でることができる。外部から一見しただけではこの歩道の存在は分からないくらい、上手く隠している。


歩道(井手迫瑞樹撮影)

外部から見た歩道(井手迫瑞樹撮影)

歩道部の架設状況(川田・瀧上JV提供)

 同様に道路照明は高欄に埋め込むタイプを採用し、排水溝はガッターを桁の両外側に配置しA2からA1に流して橋台の外で流末処理する構造とした。照明柱もなく横引管なども使用していないため景観への負担はない。
 下部工では、A1橋台が、高さ22mとなることから箱式橋台を採用するなど非常にボリューム感を有し、景観的な阻害要因となる。そのため躯体をスリット+洗い出し仕上げの表面処理を施すことでボリューム感を低減するなどの工夫を施している。


スリット+洗い出し仕上げ(井手迫瑞樹撮影)

下部工が完了した状況(川田・瀧上JV提供)

 色彩については背景の山へなじむことを考慮した山鳩色(マンセル値5GY5/1)を選定している。


山鳩色を採用(パシフィックコンサルタンツ提供)

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