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-分かっていますか?何が問題なのか- 第54回 自碇式吊橋・清州橋と田中豊 ~新たな物事にチャレンジする意欲を実らせるには~

これでよいのか専門技術者

(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員

髙木 千太郎

公開日:2020.06.01

1. はじめに

 前回NO53を当連載に掲載した3月1日と今とは、国内外の社会状況は大きく変わった。今、私の連載を読んでいるほとんどの方が過去に経験したことのないような自粛生活を余儀なくされ、世界の感染症に関わる医師など医療従事者、感染症研究技術者、医薬品開発技術者などの多くは対応に、日々追われている。その理由は、お分かりとは思うが、新型コロナウィルス(国内での呼称、正式にはSARS-CoV-2、WHOが付けた暫定名称COVID-19・2019 novel coronavirus, 2019-nCoV)であり、それが世界を一変させたのである。先週半ばには、ようやく全国に出されていた緊急事態宣言は解除されたが、第2波、第3波が襲来し、振出しに戻る可能性は拭えない。今から3か月前の3月1日時点で、新型コロナウィルス感染症が今日のように世界に蔓延し、社会機能が停止し、それが長期化すると予想していた人は何人いたのであろう。3月1日の時点での感染者数は、日本を含む世界で64か国、約8万7千人(死者は計約3千人)が感染し、世界各国が新型コロナウィルスの抑え込みが始まった状況であった。このような状況下、私も抽選で当たった2020東京オリンピック・パラリンピックのチケットを購入、開幕を熱望していたが願いも吹き飛び、今年の開催は約1年の延期が決定された。現在、世界の新型コロナウィルス感染者数は、3月1日と比較して約69倍の600万人を突破、死者は37万人を超える世界的流行、最悪の事態となっている。このように世界中に感染拡大し、症状悪化が問題となったのは、ウイルスの感染力の強さと持続力、免疫細胞であるT細胞への感染能力があることだそうだ。

 新型コロナウィルスが物質の表面に付着した場合の感染力持続時間、感染価を実験したデータ(感染価半減までの時間・New England Journal of Medicine誌2020年3月17日掲載論文参照)によると、鋼板が0.774時間、厚紙が3.46時間、ステンレスが5.63時間、プラスチックが6.81時間である。吸収力、表面残置が考えられる厚紙は別として、鋼板の7.3倍がステンレス、8.8倍がプラスチックには驚きであった。この結果について私は、材料表面の凹凸度が関係しているのでは思っている。ステンレスは、表面に100万分の3mmの薄い膜凹凸被膜が存在するし、またプラスチックは、コーティング処理してあれば濡れ性は低いが、無処理の場合、濡れ性は結構高い。これが、新型コロナウィルスの感染力持続時間に影響すると考えたが、読者の皆さんはどう思われるか?こんなことを書いている私も、2月末の時点では新型コロナウィルス感染拡大に対する見通しは甘く、まあ5月の連休前には終息し私自身、新緑の山々を散策に出かけ、春の息吹を身体で感じ連休を満喫できるだろうな、と楽観視していた。しかし私の予想は大きく外れた。私の日々の生活は一変、在宅勤務とテレワーク、大学の講義オンライン授業変更への対応、STAY HOMEの徹底、外出の際はマスク着用、周囲の人とはソーシャルディスタンスの確保、人が集まる場合は三密回避等々、自室に閉じこもりノイローゼになりそうである。私のことはどうでも良いが、社会基盤施設を考えると新型コロナウィルス感染拡大で影響を受けたのは、建設、維持管理何れも大きな影響を受けていると私は思っているが、報道されるのはごく一部で、極めて少ない。私の表現は古いかもしれないが、世の中にはホワイトカラー族(表現は適切でないかもしれないが、スーツ姿で働くディスクワークを主な空間とする社会人)とブルーカラー族(作業着姿で働く、工場や現場を主な空間とする社会人)に分けられる。

 今回の新型コロナウィルス感染報道で取り上げられるのは、飲食業や宿泊業は別として、ホワイトカラー族の仕事が多い。ホワイトカラー族の業務はICT機器を有効に使う、例えばテレワーク、WEB会議等の導入である程度対応が可能である。しかし、社会基盤施設の建設、点検・診断、維持管理、補修・補強などは、ロボットやドローン等機器によって一部対応は可能とは思えるが、質の確保は難しいし、処理速度も落ちる。施設建設に関係する仕事は、目に見えない敵、新型コロナウィルスだけに、ある程度の範囲で成果となれば、止むを得ないと判断、許容されと考える。しかし、点検作業や維持管理作業、補修・補強工事はどうであろう。構造物や施設は供用を開始すれば、当然のように劣化現象は否が応でも進む。必要不可欠な日々のメンテナンスを怠れば、将来にボディブローのようにずっしりと大きな負荷を残すことになる。施設を使わないと決めればよいがそんなこと出来るわけがない。必要と判断した対策を行わない、行えないことは、リスクが日に日に大きくなると言う結論に達する。それではどう対応するのかである。それには、新型コロナウィルスの感染がある程度治まった時期に、既存の構造物や施設を隈なく調査し、変状(損傷や劣化)を全てリストアップし、遅れている対応実施案を取りまとめ、その緊急措置に基づいて直ぐに行動に移すことが必要である。新型コロナウィルスによって社会活動の進行度は遅くはなるが、劣化現象のスピードは落ちないから厄介だ。基準不適格構造物に対して行う予定であった補修・補強も同様である。このところ、全国各地で頻繁に発生している地震やこれから襲来する台風や豪雨への危機感は日々増すばかりで、関係していた技術者の一員として心配は尽きない。それどころか年寄りの冷や水、備えは十分であるのかと、枕を高くして最近寝たことは無い。

 ここで、社会基盤施設に関係する技術者の中で、気の緩みがちな人に対し大きな警告があったことを紹介しよう。国内外では大きなニュースにはならなかったが、2020年4月8日にイタリアでコンクリート橋の『Ponte sul Magra a Caprigliola(Albiano Magra bridge) 』が崩落した。私も以前連載で取り上げたが、ジェノバの道路橋『Ponte Morandi motorway bridge(モランディ橋)』が崩落した現場からほぼ東の方向、図‐1に示す約120㎞離れたトスカーナ州マッサ=カッラーラ県のアウッラ(Aulla)で起こった道路橋崩落事故である。『Ponte sul Magra a Caprigliola』(写真‐1参照)が崩落した状況の写真や関連動画を見て、なぜこのような全径間崩落となるのであろうと多くの橋梁技術者は思ったに違いない。私が考えるに今回の崩落がこれまで大規模となった理由は、コンクリートアーチ橋『Ponte sul Magra a Caprigliola』の構造特性が大きいと考えた。ここ数年間に起こった橋梁崩落事故を振り返ると、崩落は単径間で終わることは少なく、複数径間が連鎖するように落ちる傾向がある。その理由を採用された橋梁構造や供用後に行われた対策等を紐解き考えてみるのも、橋梁を主とする技術者にとって興味ある題材である。今回の崩落事故は、イタリア全土が新型コロナウィルスによる外出自粛中であったからか、当該橋を利用していた車が2台、事故による死亡者が0であったことは不幸中の幸いであった。今回のイタリア・トスカーナ州の事故は、全径間がほぼ同時に崩落してはいるが、たまたま利用者が極端に少なかったことから被害者が少ないのであって、事故の本質を見誤ってはならない。今回崩落した『Ponte sul Magra a Caprigliola』も崩落する以前から、路面等に大きな変状が表れていたとの報道もある。

 この手の話は崩落事故が起こるといつものことではあるが、崩落前の状況写真を見ると納得する。橋面の橋軸直角方向のひび割れ、異音や振動など、利用者から変状を訴える情報提供が何度もあったそうである。日本を含め諸外国の施設の管理者は、時代が変わっても、環境が変わっても住民や利用者の声に真摯に耳を傾けない、反省すべき管理実態が変わることはない。私は何度もこの悪癖を指摘しているが、肝心の管理者にはどうも『馬の耳に念仏』のようだ。私は本連載の読者に、特に供用している橋梁を管理している行政技術者にお願いする。イタリアで起こった今回の崩落事故について、リスク管理でよく言われる重要なポイント『ハインリッヒの法則』を思い出し、自分の周りにも事故が起こる可能性大と警告を鳴らしてほしい。そして、話題にも上ることが少なかった今回のイタリアで発生した事故から得る、大きな教訓を活かしてほしい。国内の橋梁、否、社会基盤施設の管理者全てが、自らが管理する施設は世界一安全・安心な橋梁であると宣言し、住民や利用者の強い信頼を得ることが使命と私は言いたい。

 新型コロナウィルスに話を戻すが、感染で多くの命が失われていく現状を打開するのは、効果的なワクチンの開発・適用と社会生活の大転換が必要だ。新型コロナウィルスで多くの貴重な人の命が奪われるだけでなく、このままではリーマンショック以上の経済的大打撃となる。新型コロナウィルス感染拡大は、一日も早く終息してほしいと世の中全ての人が願っているし、私も同様である。先にも問題提起したが、新型コロナウィルス感染を抑えるために自粛生活を余儀なくされているが、今年の春、新たな道、小・中学校、高校、そして大学、大学院や社会人になった人には大きなマイナスとなっていると私は考える。その理由は、最も重要な、人として生きるスタートの時期、基礎を学ぶ時期に指導者である教員や先輩、上司に直接教えを受けることができないからである。現代社会は、ICTが急速に進歩し、指導者と直接対面しないオンライン授業(ICT教育)、e‐ラーニング、テレワーク、WEB会議など多種多様のツールが開発され、導入されている。ここに挙げた他にも多くのツールやシステムがあるが、実際使ってみて長所も大きいが、短所も結構大きい。

 教育の場で課題となるのは、教員と生徒の意思の疎通が十分にできるかであろう。ICTツールを使った遠隔講義では、学生の目、息遣い、体の動きなどが指導している教員には分からない。また私は、教員が講義中に学生に問いかけた時、オンライン授業では質問された学生以外の学生には、回答する学生の考える姿やその場の雰囲気がほとんど分からないのが大きなマイナスと考える。双方向型のツールだから、ディスプレイ上に参加者全てが映り確認できるから大丈夫だ、などなど、擁護する意見は尽きない。ICTツールを使っている多くの人々は、対面しない教育で十分であると自信を持って言い切れるのであろうか? 私は、古い人間、時代遅れの人間であるからかもしれないが、ディスプレイを介した教育、指導でも十分な成果が得られるとの意見には懐疑的である。

 特に、私が大きな問題と考えているのが社会人、新人研修である。社会に出て仕事をするということは、組織の一員として機能し、組織の理念に基づいて目標に向かい、倫理的に優れた行動によって成果を上げることである。新人研修に準備された組織の概要、業務内容、勤怠、ハラスメント、関係法規、設計・施工基準などをデータとして与えられても、新人の頭脳の中にはほとんど残らないし、社会人としての業務を直ぐに遂行出来るとはとても思えない。学校で学ぶ机上の知識とは異なって、想定外の事態がたびたび起こる実務とは全く違うのである。今、数多くの新社会人がICTツールを使った研修を受けていると思うが、職場の同僚、上司の方々は、今年の新人は自分とは違った境遇であることを理解し、広い気持ちで接してほしい。私の周囲を見渡すと、対面で新社会人を教育している場面に出会ったことがないので、心配になって老婆心ながら意見を述べた。ここらで見えない大きな敵、新型コロナウィルスの話はここらで終わりとして、全く関係のない私の個人的な話をしよう。

 これまで話したように、世の中暗いニュースばかりの日々ではあるが、私としては外出自粛によって多少の恩恵も受けている。それは、以前と比較して自宅にいる時間が桁違いに増えたことからか、書棚の整理はできるは、読み返す書籍の数は増え続け、学生時代に戻ったような気分である。読者には全く興味のない話で申し訳ないが、書籍探しに書店に行けないことから、以前購入した電子書籍Amazon・kindle(写真‐2)を引っ張り出し、ネットで種々な書籍を購入、読み漁っている。私が購入したkindleは、Paperwhite第6世代版であるが、パソコンと違ってモノクロ画面で目の疲れが少ない。加えて、kindle購入時には気が付かなかったが、パソコンと違ってOS等の頻繁なバージョンアップが来ないのが嬉しい。私としてはamazonの営業でもないので、kindleを推薦しても何らプラスになるわけではないが、本棚から書籍溢れ出る心配がなく、読み続けても疲労度を感じなかったので、もし良ければと読者に紹介した。それはそれとして、型式の古い私のkindleを手にして思ったことがある。私の記憶では、現場で点検結果を入力・確認ツールとして使っていた専用タブレット端末は結構重たく、これくらい軽ければなとも思った。さて、最新の点検補助ツールは、私が期待するように進歩したのであろうか。前置きはこのぐらいにして、読者の皆さんが今か今かと首を長くして待っていた本題、清州橋と葛西橋の話題提供に移るとしよう。

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