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連載詳細

シリーズ「コンクリート構造物の品質確保物語」㉝

品質確保と講習会

横浜国立大学
大学院 都市イノベーション研究院
教授
細田 暁 氏

1. 今回の記事の趣旨

 この連載を読んでいただきありがとうございます。編集者の井手迫さんに声をかけてもらって始まった連載ですが、回を重ねて30回台に入っています。まだ続いているということは、それなりの数の読者の方々に読んでいただいている、ということかと勝手に思っております。この原稿の書き出しは、チェコのプラハの空港で始めました。9月19日の昼下がりです。


 チェコでの出張に来る前の9月の前半にも、私が直接に関連している品質確保関係の動きはいろいろとありました。9月13日には土木学会の講堂にて、土木学会コンクリート委員会の「コンクリート構造物の養生効果の定量的評価と各種養生技術に関する研究小委員会(356委員会)」(筆者が委員長)の成果報告会がありました。大変多くの方々に参加いただき、養生に関する課題や将来の進むべき方向性のようなものをご提示できたのではないかと思います。

 その翌日の9月14日は土曜日でしたが、田村隆弘先生が福井高専の校長に就任されたということもあり、福井にて、土木学会コンクリート委員会の「コンクリート構造物の品質確保小委員会(350委員会)」の会合を開催し、北陸新幹線等の現場視察を挟んで、午後には福井県コンクリート診断士会主催の講習会を開催し、350委員会から4名の講師(二宮純氏、手間本康一氏、佐藤和徳氏、細田暁)が30分ずつ講演し、120名程度の聴衆で熱気あふれる講習会となりました。その夜は、今後、福井で大きな動きが生じる予感がプンプンする異様な盛り上がりの意見交換会となりました。


 さて、上記のように、私たちの取り組んできた品質・耐久性確保の取組みは、各地で数多くの講習会を重ねてきました。土木学会の委員会で、成果報告会は別として、各地でこれほど講習会を活発に実施してきた委員会は珍しいのではないかと思います。

 今回は「品質確保と講習会」というタイトルで、なぜこのような状況になったのか、私の言葉で説明してみます。

 冒頭の井手迫さんの話に戻りますが、こうやって、自分の考えていることをマスメディアで発信させていただく、ということは実はとても貴重な機会です。非常に多くの方々とコミュニケーションし、支え合いながら生きている、という当たり前のことに今さらですが気付きました。未熟者ですみません。井手迫さんにケツを叩かれながら書くのではなく、自分が本当に伝えたいことを正直に書いて読者の方々に発信しよう、とプラハで思いました。


 ちなみに、私は大学院生のころからブログ(https://blog.goo.ne.jp/akirahosoda)をやっておりまして、そちらでは品質確保のことに限らず、一人の人間として、誠実に生きようとするつぶやきを記しておりますので、ご興味がありましたらご覧ください。


2. 私と講習会

 まだプラハの空港のラウンジにいます。もうすぐゲートに移動しなくてはなりませんが、もう少し書き進めます。確か村上春樹さんの本に書いてあったのですが、「切りがよい」ところで止めたほうが良いように一般には思いがちですが、実は切りがよくないところで中途半端に止めたほうが、次に再開するときには始めやすいのです。ですから、私も何か仕事を始めるとき、進めるときは、とにかく一歩でも二歩でも進めて、やりかけの状態をたくさん作るようにしています。


 さて、この章は「私と講習会」というタイトルにしてみました。こんなおかしなタイトルで文章を書いた人は過去にほとんどいないかもしれませんね。私は、講習会というものにいろいろな思いを持っており、またいろいろなことを学ばせてもらいました。その経験や知見を本稿に余さず書いてみたい、という気持ちからこのようなタイトルにしました。

 前提としてお断りしておきますが、本稿では、基本的に私の講演等に関する能力などについて自慢話をしたいのではありません。多少の能力やスキルがないと、講習会は良い内容になりませんので、自慢話のように不快に感じる箇所も生じるかもしれませんが、私が本稿で目指すところは、私たちが社会のためを思って協働で積み重ねてきた講習会の本質を伝えたい、ということです。少しでも本稿から何らかの知見が読者の方々に伝われば、と願っています。それでは出発ゲートに移動します。


 私が初めて講演したのは、博士課程を修了した直後の2001年3月下旬に、東工大の大門正機先生と坂井悦郎先生が開催された勉強会で、私の博士論文のテーマの膨張コンクリートについて30分の講演をしたときでした。博士論文の最終審査のスライドをそのまま使って講演をしました。共演したのは、デンカの盛岡実さんでした。

 東大のコンクリート研で卒論、修論、博士論文に取り組みましたが、研究が下手で仕方のなかった私は、主査の岸利治先生にご指導いただいた博士論文で何とか研究というものが少し分かったような状態に到達できました。ですが、最終審査では、岡村甫先生から言われていたプレゼンについてのアドバイスを自分なりに反映する努力をしました。それは、プレゼンにおいては、「結論、すなわち大事なことから話すようにしなさい。そうすれば後になるほど枝葉末節の内容になるので、時間が来ればいつでも終わることができる」というものでした。聞くと簡単に思えますが、プレゼンで話す内容の本質をきちんと捉えていないと、この手法は上手く行かないように思っています。

 ちなみに、講演やプレゼンとは、メッセージを伝えるためのものです。メッセージがないのであれば、井戸端会議でのおしゃべりと同じです。おしゃべりの大切さを否定するつもりは全くありません。私は、大学でのすべての講義においても、伝えるメッセージを明確にもってプレゼンのつもりで毎回臨んでいます。


 さて、私の尊敬する盛岡さんから後に聞いたことですが、大門先生は私の最初の講演の様子について、「質疑の雰囲気が良い。質問の際に、ふむ、ふむ、とゆっくりうなずきながら聞いて、その後に少し『ため』があって、しっかりと答えている。なかなか若い人にできることではない」という趣旨のことをおっしゃっていたそうです。

 私は、質疑をとても大切に思っています。質疑を通して、その講演の主題について聴衆も理解が深まるし、質問者および回答者の実力も白日の下にさらされると思っています。私の最初の講演のときも、そのような気持ちで真剣に質問を聞いて、そのときの私の実力で最善の回答をしようと心がけていたのでしょう。

 この講演の直後、2001年4月から、私はJR東日本の構造技術センターで働くこととなりました。石橋忠良所長のもとで実務経験を積むことになりました。構造技術センター内の勉強会で発表したりする機会はありましたが、社外からコンクリート片の剥落対策などについて講演を依頼されたりもしました。


 この後、横浜国立大学に着任してからすぐの頃にも、講演をさせていただく機会は少なからずありました。その頃から今に至るまで、講演をする際に心がけていることがいくつかあります。以下にそれらを記します。

 ・聴講者が聴きたいことを話す。話す内容はもちろん自分のやってきたことなのですが、聴くのは聴講者です。聴講者の立場に立って、聴いて面白い、少しでも自分の仕事や生活、将来に役立つこと、を話すように無意識的に心がけています。

 ・講演内容の本質を自身で捉え切るようにし、なるべくその本質が、人生、社会等の本質とつながるようなイメージをもって話す。そのため、アナロジー(類似)による説明を多用する。

 ・「出し惜しみ」をしない。そのときの自分自身の精一杯の情報を提供する。そうすることで、次回以降の講演で同じような内容にならないよう、自分自身の努力を促すことにもつながる。