0.01mm幅の微細クラックにも樹脂を充填
IPH工法協会 加川順一理事長インタビュー コンクリート構造物の強度回復と長寿命化を実現
一般社団法人 IPH工法協会
理事長
(SGエンジニアリング株式会社 代表取締役)
加川 順一 氏
IPH工法(Inside Pressure Hardening/内圧充填接合補強)は、コンクリートの微細なひび割れの隅々まで樹脂を充填することにより、内部構造の強度回復を図るとともに、高い防錆効果も得られることから、構造物の耐久性向上につながる工法だ。具体的には、かぶり厚の薄い床版やトンネルの覆工コンクリートで母材強度を高めることにより補修効果や、その後の増厚、シート貼付けによる補強効果向上に寄与する。桁端部や端付橋脚、橋台などには、伸縮装置の止水性低下により塩分を含んだ雨水が供給されるケースが多いが、コンクリートの水密性を従来以上に高め、塩分の鉄筋への到達を抑止し鉄筋を腐食から守り、従来の樹脂注入工法では不可能だった微細なひび割れまで樹脂を注入させることができるため、構造物の長期耐久性を高めることができる。工法の詳細な特徴を、現在の取り組みと今後の展開を含め、理事長の加川順一氏に聞いた。
微細なひび割れの隅々まで充填された樹脂
コンクリート内部の空気と注入樹脂を置換
――IPH工法開発の経緯をお聞かせください
加川理事長 IPH工法を開発したSGエンジニアリングを設立する前は、樹脂やシーリング材の製造会社にいました。昭和61年ごろからコンクリート構造物の健全化のためにエポキシ樹脂やアクリル樹脂を低圧注入することが注目されだしましたが、長期的な耐久性に課題があり、10年健全性が保てればいいという状態でした。
そのような状況の中で、官民連携の共同研究として国土交通省(当時建設省)の建築研究所と、注入剤とその道具をつくるメーカーで低圧樹脂注入工法協議会が立ち上がり、メンバーのひとりとして参加していました。平成4年にはその成果として、国土交通省の建築改修工事共通仕様書に低圧樹脂注入工法が正式採用されました。仕様書では、ひび割れ幅は0.2mm~1mmとされましたが、これは共同研究参加メーカー5社のうち4社が0.2mm以上でなければ低圧樹脂注入ができなかった実験結果により標準化されたのです。
しかし、水はひび割れ幅0.05mmでコンクリート内に通水浸透します。漏水の分野でも健全化をすることが必要であると考えると、少なくとも0.05mm以下にも樹脂注入ができるものにしなければならず、なぜ注入ができないのかを共同研究終了後も継続して考えていました。
――微細なひび割れにも注入ができるようになったきっかけは
加川 趣味の釣りです。仕掛けを水中に落とすと、鉛がついた餌かごから気泡が上がってきます。水深が浅ければ気泡は小さく、深ければ気泡は大きい。それを見ながら、コンクリート内部の空気を抜かなければ注入剤が入らないことに気づきました。どのように空気を抜くのかを広島大学と実験計画を組んで始めたことが、IPH工法開発の発端でした。
――どのような仕組みで空気を抜くのでしょうか
加川 液体と空気は流速が違います。注入剤である液体よりも空気のほうが流速は早く、800倍から1000倍の差があります。そのため、空気を抜かなければ注入剤が入らないのです。一般的な注入工法では注入剤を表面から押し込むだけですが、IPH工法ではInside Pressureという言い方をしているように内部から注入を行うために水鉄砲の原理を活用しています。
水鉄砲はノズルが細いほど遠くに飛びますし、ストロークの長さによって距離が決まります。注入剤を細く飛び出すようにし、穿孔された先端部に樹脂をぶつけることによって、空気をリング状に抜くという仕組みにしています。その作用を定量化させるために器具の改良を行ってきていますし、さまざまな構造部材による変化に対応するための実験も行っています。
これまでコンクリート内部に存在する空気と注入剤である樹脂を置換するという考え方はなく、これがIPH工法の特許の大きな要素となっています。真空状態を内部につくることで末端の微細なひび割れまで樹脂を充填できて、構造物の内部を健全化していきます。
空気と注入剤である樹脂の置換
鉄筋とコンクリートを接合形態に
施工後の強度は約1.5倍に増大
――コンクリート構造物の健全化で重要なことは
加川 コンクリート表面のひび割れだけをふさぐ考え方では、雨水の浸入防止対策でしかありません。構造物を維持していく上で内部構造の健全化、特に鉄筋とコンクリートの接合が極めて重要になります。コンクリート内部を付着状態ではなく接合形態にすることが、IPH工法の特徴であり、これにより補修部と既存部が一体化して強度回復と耐久性向上が図れます。
補修後に鉄筋の腐食進行を防ぐことも重要です。樹脂注入で防錆ができるのかということでさまざまな実験をしました。錆やセメント系の材料は粒子で、樹脂は粒子よりも細かい分子となります。粒子はどんなに小さいものでも空隙ができます。そこに分子である樹脂を入れればいいという考え方で進めていきました。鉄筋周りを高密度にして水や空気、ガスが触れないように密封すれば、鉄筋は錆びないことがはっきりしています。IPH工法では、鉄筋沿いにも樹脂が廻るため、鉄筋防錆に有効であると実証されています。
(左)注入後の引張試験による付着性能の確認。樹脂充填部では破断していない
(右)鉄筋廻りへの充填
ASRを模した供試体に樹脂注入をした結果
――実験や研究の進め方は
加川 それぞれの専門分野の先生方と進めています。防錆の試験は名古屋大学と行い、広島工業大学、岐阜大学とも共同実験を行っています。コンクリート内部を接合形態にしていくために、理論武装をして学術的な評価を受けて、実際の現場で施工する流れで進めています。
――IPH工法による具体的な耐久性向上と強度回復は
加川 水が浸透するひび割れ幅0.05mm以下に樹脂注入ができるようにしたいと取り組みを続けてきて、現在は0.01mmが実証値で可能となっています。
高密度充填 0.01mmの微細なひび割れまでの充填
微細なひび割れにまで樹脂充填が可能なため、漏水の現場でもIPH工法が使われることが増えてきました。耐久性で言えば経験上、約30年は健全な状態を保っています。50年、100年となると、地震などの外力に対する抵抗力は不明ですが、健全度数で現状維持しているものが経年で劣化することはない構造になっていると考えています。
強度回復では、せん断破壊をしたときの強度比較を広島工業大学で実構造物を用いて実験を行ったところ、補修なしの梁と比較してIPH工法で補修した梁は、剛性、耐力ともに約1.5倍増大したことが実証されています。
広島工業大学での実験結果
梁のたわみ特性でも、注入前が5.5mmであったものが2.5mmとなりました。たわみに対しても制御できることがわかってきましたので、IPH工法がさまざまな部材耐力増強に使えるようになってきています。